CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

3年ぶりにバックベンドWSやります

東京の感染者が増えて一時は座学も延期を考えましたが、今は逆にできるだけ通常モードに戻すことを考えています。そこで9月の休日は、6日陰ヨガ、13日ギーター、20日フルプライマリーレッド、21日バックベンドWS、22日茶禅会、27日スートラとフルに企画を入れてみました。

このうちバックベンドのワークショップは、まだウェブページがありません。バグが発生しているようで更新ができないため、先にこちらでのご案内となります。

以前は毎年のように開講していたバックベンドのワークショップですが、最後にやったのは3年前、まだ私の肩がほとんど動かないときでした。で、せっかくの二度とない機会だからと、ウールドヴァ・ダヌラーサナには肩の可動域が大事だということを見せるために、上がれない人のデモンストレーションを素でやってみせたのです。本人はウケねらいで嬉々としてやったのですが、あまりのイタい図に参加者の顔が凍っていたことだけをよく覚えています。

そもそもワークショップはなくてもいいのですが、バックベンドに関しては伝えておきたいことが山ほどある私なので、3年に一度くらいはやってもいいかなと......。やってもいいですか? あ、いいんですね? ありがとうございます、やらせていただきます。(誰に許可とってるんだよ)

伝えたいこととは......

  1. 健全なバックベンドのための8つのキーポイント
  2. 後屈に有益なエクササイズ(ひみつのとっくん)の紹介と実践
  3. ケーススタディ(弱点と強化ポイント)


このような方におすすめ

  • 後屈全体が苦手
  • 下から上がるウールドヴァ・ダヌラーサナで上がれない、腕が伸びない
  • ドロップバック、カムアップができない
  • インターミディエイトのラグヴァジュラーサナやカポーターサナに苦しんでいる
  • 後屈のポーズで腰や背中を痛めた
  • この機会に後屈のメカニズムやポイントをきちんと学びたい

max6名(理想は4名くらい)の少人数で行います。
受講料は¥4,000(マンスリーメンバー¥3,000)です。

メール(または直接でも)にてご予約を承ります。

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後屈ポーズでおやすみ中の部長

あだやおろそかにすまじ

今度の日曜日はヨーガ・スートラのクラス。
仕込みは先月のうちにしてあるので、何を話そうと思っていたのかノートを見ていたのだけど、うわ、先月のことをすっかり忘れている......。分校にいる1カ月の間まったく勉強していなかっただけで、こんなにも忘れてしまうものなんだと驚愕した。

4月5月は修行モード全開だったのだけど、今回はゲストを迎えることに集中するため、勉強道具も持ち込まなかった。本も読まない毎日だったから、脳みそがスッカラカンになってしまったのね。ひと月練習しなかったらカラダが鈍るのと同様、頭も使ってないとどんどん鈍ってしまう。

それに今回はWi-Fiが普通に使えたので、インターネットを見すぎた。情報に惑わされ考えすぎて自滅したのはそのせいだと思う。いつでもどこでも、常に修行を優先した生活を心がけることがいかに大切か、失敗から学んだ気がする。

とはいえ、修行モード全開だったときはできなかったことができた。
7月の雨続きに古いアルバムの整理を完了した。昭和のアルバムってものすごく大きくて厚いので、それを軽量のファイルに移し替えるという作業。デジタル化も考えたけれど、要らない写真を捨ててスリム化するのが先。おのずと過去のいろいろな出来事を思い出したりして楽しい反面、いらないことまで記憶の引き出しから引っ張り出されてきて疲れた。

破壊力の凄まじい写真を見つけた。

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なんじゃこりゃ〜

ちなみに

  • 何の加工もしてないです。ほんまもんのセピア色。
  • 戦後の焼け野原のように見えますが、昭和40年ごろと思われます。
  • 背後は海? 熱海? 記憶も両親もないので不明です。
  • この子はいつも男の子と間違われてたみたいですが、女の子です。


このくらいの年齢かな。

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17年前の8月、岡山から飛行機で東京に着いた日


今週リハビリに励んでスートラクラスに臨みます。ご予約お待ちしております。

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バクティとは<私>を棄てること

ダイジェスト版バガヴァッド・ギータークラスの第3回は、バクティヨーガがテーマ。

私はヨガに出会って真の意味で謙虚になることを学んだ。
なんでも自分の力でなにかを成し遂げようとしていたかつての自分に足りないものは、大いなるものにひれ伏してすべてを委ねるという態度であった。思い上がっていることにすら気づかず、自分の力で自分の運を切り拓こうとしていた。そうしてムダにがんばりすぎては疲れていた。

とはいえ、ご多分に漏れず私も最初のうちはヨガの何たるかを知らず、欧米から輸入された「おしゃれで、洗練された」ヨガもどきをやって、なんとなく自分が浄化されたような気分になっていた。そんな私がその後、インドで初めてバクティ(神への信愛、献身、帰依)というものを知った。

インドになんか行くつもりはなかった。教わりたい先生がいて、できたらバイロンベイか、あるいはバリのトレーニングに参加したいと思っていたのに、タイミング的に合うのがインドしかなかったのだった。それこそが導きだったと思う。仕方なくインドに行ったことで私の進む方向が大きく変わったのだから。

インドのゴアにある小さな漁村でひと月過ごすうちに「おしゃれで、洗練された」ヨガは自分にはいらない、もっと原始的でシンプルなアシュタンガヨガだけでいいと確信したのだった。そのとき学んだバクティの理解はまだ浅かったけれど、ゴアの大自然が大いなる存在を示してくれたので、直感的にその決意が得られた。

それからさらに年月を経て、バクティとは<私>を棄てることだと気づいた。どれだけヤマ・ニヤマを実践しようと努力しても、アーサナを練習しようとも、この<私>というものに邪魔をされては修行の成就はない。<私>から離れるための方法はいくつもあるけれど、誰にでもできる可能性を秘めているのが「バクティ」である。神に帰依してすべてを明け渡し、すべてを神におまかせする。これができれば<私>が消え、教理が理解できなくても、つらい修行をしなくても救われる。

ところが、単純すぎるほど単純なことなのに実行するのは難しい。誰にでもできる可能性を秘めていながら、完全な明け渡しができる人はそうそういない。見るからにエゴのかたまりのような人だけでなく、謙虚に振る舞っている人でも無意識に<私>に執着して、それゆえにその<私>に苦しめられているものなのだと思う。

インドの哲人たちが画期的だと思うのは、「<私>なんてない」とか、「ほんとうの自分はそれとは別にある」などと考えたことである。流派ごとに形は違えども<私>から離れることを説いている。

健康体操だと思ってヨガを練習している人にとっては、「まったく意味わからん。この人なに言ってんの?」としか思えない話なのだけれど、ヨガが単なる健康体操で終わるか、人生を変えるような目から鱗の教えになるかは、この<私>問題にかかっていると言ってもいい。

<私>を向上させるために練習しても、自尊心がくすぐられたり、健康にはなるかもしれないが、エゴはどんどん増長されるだけなので苦しみの解放からは遠ざかる。

ギーターの第9章には、行うこと、食べるもの、苦行することのすべてを神に捧げなさいという一節がある。つまり、自分のために行うのではなく、自分のために食べるのではなく、自分のために修行するのではないということ。それがバクティであり、<私>から離れるということであり、「ただひたすら」行うことであり、BeTuberになることである。もっと具体的には「毎朝やるのが......」ああもうウザいですね。

......と、わけのわからない話をここまで読み進められたあなたには、インド思想を学ぶ素質があります。初めて聞いたら目を白黒させちゃうような話ですが、CHAZENの座学でもっと目を白黒させてみてください。

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このダイジェスト版ギータークラスは年内にあと2回開講されます。

*重要なお知らせ*
何回かオンラインとのハイブリッドを試してきた座学ですが、当面オンラインでの受講を見合わせることにしました。オンラインクラス自体は今後も開講するかもしれませんが、そのときはオンラインのみとします。ヨーガ・スートラのクラスのオンライン受講を検討されていた方、誠に申し訳ありません。リクエストをいただければ、別途開講を検討しますのでご連絡ください。


バッダコナーサナの座り方で一心不乱に調べ物をしていたら、なんか脚がしびれてきた。

知らないうちに片脚を乗っ取られてたよ。

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ジャストフィット

課題があるから楽しいアシュタンガヨガ

「東京都 新型コロナ新たに256人の感染を確認。3日連続で200人超え」
これはきょうのNHKのニュースサイトのヘッドライン。毎日こんな調子なのでだんだん腹立たしくなってきた。「新たに256人の感染を確認」で十分だろ。「3日連続で200人超え」は余計なんだよ。そういう見出しをつけるから、情報を分析して判断することがない人たちがやたら怖がって、社会全体がおかしなことになっていくんだからさっ。ぷりぷり。

かく言う自分もその情報に踊らされているひとりなのだけど、だからこそ原辰徳(古すぎる)。それもこれも暑さのせいだ。まだ東京の暑さに慣れておらず、感染よりも熱中症的な体調不良が怖いので外に出ないでいる。暑さで具合悪くなるトラウマが年々積み重なっている。

自分の暑さのトラウマは増長させるくせに、本校のベランダにある植物の熱さ対策のことはすっかり忘れており、お山に行っている間にいくつかが熱でやられてしまった。せっかく自主練部隊の隊員たちが暑いところを水やりしてくれてたのに、配慮が足りずかわいそうなことをしてしまった。でも、毎年暑さや寒さや改修工事のときの困難を経ても元気な子もいるし、枯れたように見えても復活する子もいる。

二十数年前に買ったおまけ的な小さいベンジャミンが、枯れるでもなく大きくなるでもなくずっと室内においてあったのだけど、捨てるつもりで外に出しておいたら、なぜかこの猛暑の中でめっちゃ元気になって葉っぱがすごく大きくなっていてびっくりした。何がどう作用して突然成長するかわからないものだなと思う。

たぶん人も同じ。環境の変化とか、心境の変化で人はある日突然大きく変わる。だから、自分で自分の限界をつくるのはナンセンスだ。二十数年たって突然成長する木もあるのだから、なにかのきっかけで人生半ばにして拓けていくことだってあるのだ。

分校の庭は全体が植木鉢だから、基本ほったらかしでいいのがラク。炎天下だからって特別水をやらなくても枯れない。

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レモンなんちゃらとかいう、かわいいひまわり


ご近所さんから分けていただいたものをただ植えていたら、花壇づくりがちょっと楽しくなってきた。

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エキナセアは風邪に効くハーブとして有名


ひと月の滞在中、前半は雨で、後半は暑さであまり外の作業はできなかったけれど、新しいプロジェクトも始まった。名づけて「分校お濠端プロジェクト」。昨年は写真を撮る気にもならないほど見苦しかった場所だけど、大雨で流れ込んできた泥を取り除いたらきれいになりそうな気配を感じた。雨水が流れ込まないようにお濠を掘って、丸太の堤防を置いた。普通の大雨ならこれでいける。昨年の台風19号級のがきたらあきらめるしかないけど、普通の台風だとどうかな。

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お濠のラインわかります?


左に見える3本の丸太はさすがに私ひとりでは動かせないので、分校に来たゲストに手伝ってもらったのだけど、ロープを使ったりしていろいろ工夫しながら運んだら「ダッシュ村みたい〜」だって。そうだ、ダッシュ村。みんなで知恵を絞って、力を合わせて問題を解決する楽しさだよね。

たぶん私が夢中になって分校を片づけられたのは、こういった問題解決の楽しさであったり、不具合をなおしていかに快適な空間をつくるかという課題に取り組んでいたからだと思う。

はい、ここポイントね。
私がアシュタンガに飽きることなく続けられた理由のひとつは、やっぱり難しいポーズにいかに取り組むかという課題があったから。もし、最初からなんでもできてしまっていたら、私のアシュタンガライフは色あせてしまっただろう。あるいは上手すぎて違う方向へ進んでしまったかもしれない。

アシュタンガの練習を一定期間ちゃんと続けてきたのにある日バッタリやめてしまう人は、特定のポーズに自分の限界を感じてつまらなくなる、あるいはこのまま練習続けても意味ないという結論に至るのではないかと推測している。でも、そこからがほんとうのおもしろさの始まりなんだよなあ。できない自分と向き合っているといろんなことが見えてくる。そのプロセスこそが練習の賜物なのだということがわかるまで続けられたら、真の意味でこの練習の成果を実感できると思うのだ。

ナゾのベンジャミンのように、ある日突然ニョキニョキと成長して、あれよあれよといろんなポーズができるってのもよくある話。それが目標ではないけれど、可能性はどこに秘められているのかわからないもの。

これはある意味瞑想的なヨガの練習とは関係ないけれど、実生活的な自信というのはできないことに取り組む姿勢から得られるような気がする。よく「私は根性ないですから」って言う人がいるけど、根性ではなくて、むしろ困難をどう楽しむかという遊びなんだと思う。面倒な仕事は、イヤイヤやると苦痛でしかないけれど、そこに何かおもしろさを見つけて取り組むと、それは突然楽しい仕事になる。

どうです?
アシュタンガヨガで困難を乗り越える遊びに取り組んでみたくないですか?

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シューチャルディスタンス

不安が妄想を生む

まだ肌寒い早朝に分校を出て、朝からあっつあつの東京に戻ってきました。
頭がボケボケなのは暑さのせいもありますが、考えすぎていたせいで大事なことがぼんやりしてしまったのでしょう。

分校で陰ヨガの話をしていて毎年「夏の疲れをとる陰ヨガ」をやっていたことを突然思い出しました。暑いですから、かなりの確率で内臓が疲れているはずです。9月6日(日)10:30〜です。9月に入ってしまいますが、たまに起こる陰ヨガミラクルでシャキーーンとカラダが調いますように。


分校ステイではアシュタンガの練習生中心のときは陰ヨガ、非アシュタンギのゲストにはリストラティヴヨガを取り入れてみました。こういったリラックス系のクラスのときは部長に巡回してほしくないのですが、ゲストがいると部長はウホウホで濃厚接触したがるため、強制的に押さえつけたりしていました。

しかし、だんだんと私も分校ステイで部長を操るのがうまくなってきて、つい先日の回ではごらんのとおり一緒にリストラティヴヨガをしてもらうまでに至りました。

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オンザマット


部長用のプロップスがないので、お好きなポーズをしてもらいましたが......。

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オフザマット


分校にいるとやはり3時にお目覚めになる部長です(東京では5時近くまで寝ている)。
そのまま放っておくと静かな坐禅タイムが台無しになるので、3時にフードを差し上げて二度寝していただきます。が、今度は満腹になってずっと寝ているので、涼しい時間に散歩に行けなくなってしまうという問題が出てきました。そこで、3時のフードを半分にしてみたところ、ちょうどいいタイミングで起きるようになったのです。散歩から帰って残りの半分をあげると再び寝るので、マイソールの時間に寝ていてくれます。

トイレ・ごはん・散歩を調整するとニンゲンの都合に合わせてイヌを操れることがわかり、ほくそ笑んでおります。

そういえば、manipulateという言葉は(誰か・何かを)操るという意味ですが、私はなぜかこの単語に「悪の組織に連れ去られた善人が体内に何かを埋め込まれて悪いことを行う」的なイメージを植え付けていたのでした。007の影響?

インドで骨折して接骨院で診察してもらったとき、ただでさえ初めての骨折で不安な上に、レントゲンを普通にその辺で、ほかの患者さんが向こうのベッドに寝ているところで撮ったりしているので、ここで大丈夫か? とビクビクしていたわけです。とインド人の先生が英語で「それじゃあ今からmanipulateするから云々......」と言うではありませんか。私の不安は最高潮に達しました。「ヤバイ、このままでは人造人間にされてしまう!」と。

で、そこに連れていってくれたイギリス人に解説してもらってわかったのですが、manipulateというのは整復のことだったんですね。ぐいっと骨を元の位置に戻すことでした。まあ、それは人造人間にされなくても、それなりに恐怖と痛みを伴う「操作」でしたけどね。

そのときの何されるんだ?とビビった自分を思い出すと今でもおかしくてたまりません。冷静なときなら意味が想像できるのでしょうが、不安は妄想を育てるものだということがよくわかります。

ヨガではよく蛇とロープのたとえとして語られるのですが、不安に思っているとただのロープが蛇に見えることはよくあります。

先日、分校にクマの糞があったと書きましたが、それ実は石だったのです。

ちょうどゲストにそれを見せた翌日、打ち合わせに来た管理会社の人に「これってクマの糞ですよね?」と確認したところ、じーっと眺めたあと「これ浅間石ですよ」と言って木の枝でツンツンしてからつかんだら、やっぱりただの石でした。

うっそー。
だって、インターネットで調べたクマの糞にそっくりでした。食べたものによって色が変わると書いてあったので、黒いのは何を食べたんだろうねえと話していたのでしたが......。でも考えれば糞だったらハエなどがたかっていただろうし、夏だから日に日に分解されて形がなくなっていったはず。ピッキオのおにいさんに出会ったり、クマ出没騒動があったりして、あまりにも条件が合致していたので信じてしまいました。

意外とだまされやすい性格なのかもしれません。思い込みもけっこうあるのかもしれません。明日から大丈夫でしょうか、ちゃみこさん。

大丈夫であってもなくても、23日はギーター、30日はスートラ、そして9月6日は陰ヨガを行います。いずれも予約が必要です。ご参加お待ちしております。

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What a wonderful world

昨日からステイしていたゲストを駅に送り、夏の分校ステイがすべて終了しました。
残念な成り行きになってしまい、不完全燃焼感は大きいですが、そんな中にあっても訪れてくださったゲストがいたことに深く感謝いたします。

今朝、坐禅が終わって散歩に出たときは曇っていて浅間山の影も形も見えなかったのですが、おしゃべりしているうちに、

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おおっ、晴れてきた


雲がまるでカーテンを開けるように右側に流れていって、ついにその全貌が......。

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なんという巧みな演出......


What a wonderful world!

この瞬間、すべての憂いは消えて、ただここにあることの歓びが湧いてきます。

ありがとうございます。

分校の生き物たち

昨年は毎回のようにシカに出会ったけれど、今年は一度だけ。
7月の早朝、ひとんちのお庭を眺めながら歩いていたので向こうのほうが先に気づいて固まっていたみたいだ。ちょっと先でキャヒーンと泣き叫んだ声で気づいたら、ダッと走り去るシカの後ろ半身が見えた。

数日後その場所にツキノワグマがいたそうな。
遠くから見て黒いラブラドールかと思ったらクマだったという。そのまま谷のほうへ逃げていったらしい。いつか、探知犬がクマを追って分校の庭を横切っていったことを書いたけれど、どうやら今年は、軽井沢町内の至るところでクマが目撃されているようだ。

そして、分校の庭(正確には敷地外だけど)には、モリモリっとしたクマのフンがあった。7月、私が来る前にここに出没していたみたいだ。朝方暗いうちに外に出る時や、草取りに没頭しているときなどは特に用心している。


昨年は庭にヘビがいたけれど、今年はきれいにしたせいかお目にかかっていない。「雑草を茂らせておくとヘビに気づかずに踏んで噛まれるリスクが増大する」というのは昨年までの田んぼ活動で、しかと心得た教訓である。

そのヘビのエサであるカエルは田んぼにいるのかと思っていたら、森の中にもたくさん生息している。いろんなマンドゥーカがいて、

ちっこいのから、

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保護色〜


中くらいの、そして、おっきくてグロテスクなのまで。

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またも保護色〜


なんかこういうおじさんいるなー。
薪を片付けたらその下から出てきたのでびっくりしたよ。カエルくんには悪いけど遠くにお引っ越ししていただいた。一瞬「ちょっとまて。魔法でヒキガエルに姿を変えられた王子様かもしれないぞ」と思ったのだけれど、今さら王子様が現れても困るしね。


こないだはみんなで朝のスムージーを飲んでいたら、オスのカブトムシが「おれにも飲ませろー」って網戸にすがりついてきた。

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五百円で売れるな


分校には、カブトムシが飛んできたら数日間はペットにする習性をもつヒト科の生物も生息している。

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猛<たけし>と命名


あとで近所の子どもにあげようとザルを伏せたなかに入れておいたら、猛のやつ、いつの間にか脱出していた。

2日後、朝練終わって横になったら、ん?

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今度はメスのクワガタがはりついてた


今朝はサンデーパークの手前にリスが歩いてて、急ぎiPhone出したが、リスは遭遇率が低い上にすばしこくて撮れないのだ。姿を追って、なんとか、ちょーわかりにくい写真が撮れた。

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シルエットわかるかなー


振り返ると、その場に固まっているイヌがいた。

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一緒に走れないから......ごめんよ


この暑いさなかでさえ、ヒトにひっつく習性のあるイヌであった。

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ちょうどいい枕あった