CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

漢方がすごい

漢方喫茶、地味〜に好評です。
ただ陰ヨガとの組み合わせはちょっと長くなりすぎるため、次回からは漢方喫茶として単独で開催しようと考えています。取り上げて欲しいテーマのリクエストもお待ちしております。

たとえば、頭痛、めまい、不眠、生理痛、更年期障害、胃腸の問題、湿疹、痛みなどの症状について、漢方的な考えを知りたい方はメールでリクエストください。初めての方は下記のページにあるお問い合わせよりお願いいたします。

www.chazenyoga.com


昨日の漢方喫茶のテーマは「かぜ」でした。
かぜというと軽く思われるかもしれませんが、かぜの予防と排除の仕方はこれすなわちコロナの感染を防ぐのと同じことです。要はなにより本体(自分自身の身体あるいは免疫)をどうメンテナンスしておくかの問題です。それで、漢方喫茶で毎回強調するのが「朝練」の大切さ。朝練が必ずしもアシュタンガヨガである必要はないのですが、身体も動かして、呼吸法もできて、瞑想として心まで調えることができる万能のプログラムはほかに思い浮かびません。

ところで、この漢方喫茶に合わせたかのように、先週の土曜日にかぜを「引きそう」になったのです。おかげで絶好のタイミングで葛根湯の実験ができました。飲み方次第で効き目抜群になるのです。これからはときどき具合を悪くして(?)実験を重ねるのがいちばんだと思いました。

わかってきたのは、漢方薬は証に合えば即効性があること。でも効かせるためのコツを知らないとそれが発揮されないことです。漢方を使うには微妙なさじ加減が必要なんです。西洋薬のようにただ決められた用法用量を服用すればいいというものではない。

今はたいていの医者が漢方を処方してくれますが、あまり効果が感じられないようです。無理もないことです。漢方治療はていねいな診察と、養生法を含めたアフターフォローなしにはなかなか奏功しないのではないかと思います。お医者さんは忙しすぎてそこまで手が回りません(というか経営が成り立たない)。ヨガと組み合わせることで、そのあたりの「痒いところ」に手が届くような道筋を切り拓いてゆきたい。そんな思いで勉強に励んでいます。

幸い大家族なので(CHAZENファミリー)個別の症例にも事欠かず、研修はこれ以上ないほどに充実しております。そして、なにより体調がすぐれない人の力になれる(かもしれない)ことが人としての喜びをもたらしてくれます。これはアシュタンガを始めた人がより健やかに、より美しくなっていくのを見る喜びと同じかもしれません。ありがたいことです。


さて、きのうのおやつは栗の渋皮煮でした。といっても、今度はO嬢の作品です。渋皮煮名人揃いです。

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このような貴重なものを何度もいただける幸せ......


私の患者さん第一号「漢方ドッグ」も、毎日おやつがわりに漢方薬を食べて、腫瘍に負けず元気にしています。

昨日はケーキの日でした。

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例のゴージャスなケーキをカットしたもの


これに食らいついている最中、驚いたことにつま先立ちになっているんですよ。

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バレエダンサー食い!


腫瘍の展開が早いので痛み止めも考えたのですが、強い薬を使うのは最後の手段にします。たぶんそういうお薬を飲んだら、ずっと寝ているとか、うつろになるとか、意識障害的な変化が出てくるでしょう。今ぐらいの痛みや不快感なら、漢方を使っておだやかに緩和したほうが、よりシューちゃんらしくいられるような気がします。

グルシュー様の漢方へのお導きに改めて感謝です。

ツウな星の坐禅会

諸事情により、オンラインの坐禅会をお休みしておりますが、きのうはCHAZENで「星の坐禅会」でした。

いつものように、東京に用事があってしばらく滞在されるのかと思い軽くお願いしてましたところ、終わってから判明したことに、実は星覚さん、この坐禅会のために日帰りでわざわざ来てくださったのでした。しかも、糸島から福岡空港まで自転車こいで2時間かけていらしたそうです。もちろん帰りもまた2時間自転車をこいで帰宅されたはず(未確認)。

ありがたいことでございます。

効率第一で、楽をして、なんでもお金で解決してしまう世の中にありながら、不惑を越えても少年のようなフットワークで動き、静かな信念を持ち続けてしっかりと歩みを進められるひとは、そうざらにはいないかと思います。お坊さんに差し出すお布施はこのような存在に対しての敬意を表すものであって、決してお坊さんが提供するサービスの対価ではありません。

さらに言えば、お布施自体が必ずしもお金である必要はなく、みんなのためにバナナとくるみの焼き菓子を作ってきてくれるということもまた尊いお布施になります(写真を撮り忘れました......)。これから糸島に坐禅堂を作る計画があるそうですから、労働力をお布施するというのもアリかと思います。


さて、きのう参加してくださった人たちにヨガ歴と坐禅歴を聞いてみたのですが、ほとんどがヨガ歴10年クラスでした。かつては、若きお坊さん界のホープといった風であった星覚さんに惹かれて、さまざまな方々がCHAZENにも来てくださっていたように思いますが、今やホンモノ感がひときわ光る星覚さんなので、ちょっとツウな方が参加されるようになったように感じました。

ツウってなによ?といわれると、そのー、なんというか、ですねえ......。「星覚さんにふさわしい人たち」ということでしょうか(苦しい)。たとえていうなら「シネフィル」みたいな......、ちょっと違うか。

某嬢が所感の中で「ブランディング」という言葉を使ったソレを「ええと、なんでしたっけ......さっきナントカゼーションって言ってましたよね」という星覚さんに、少しずつ老師あるいはおじさん化の兆候を感じた私です。先日も欧州のお坊さん相手に通訳されていたはずですけどね。ナントカゼーションって......。

ま、そういう私は先日のスートラクラスで言いたい単語が出てこなくて、「ほらアレ、あの......」とか言って「上座部」という言葉を受講生に教えてもらいましたけどね。ちなみに、言いたかったのは「テーラワーダ」という言葉だったのですが(上座部仏教に同じ)、なぜかこの言葉を言おうとするとスマナサーラ長老のことが思い出されて、アルボムッレ・スマナサーラという(言いにくい)言葉に加えてアビダルマという言葉が交錯し、肝心の「テーラワーダ」という言葉が出てこなくなるんです。

ま、言い訳は見苦しい。ただの老化現象です。今度から「寺だ!」と覚えておくことにしましょう。

が、きっと次にその単語を言おうとするときには「寺だ!」のことを忘れてるんでしょうけどね。アラカンなんてそんなものです。ここに書いておけば誰かが覚えていてくれるでしょう。

で、ツウに戻りますと、ヨガを長くやっているとうまく言葉にはできない「ナニカ」に気づくようになるのでしょう。以前は私の言っていることなど何が何やらサッパリわからなかった人が、だんだんそういった言葉の奥にある「ナニカ」に勘づいてくるわけです。そうすると、次に似たような場面でまた「ハッ」となって、電光石火でその真意を汲み取れるようになる。あるいは、少しわかりかけてくると、知的好奇心が湧いてどんどんおもしろくなってくる。

正法眼蔵随聞記」は「正法眼蔵」よりも格段にわかりやすいですが、それでも一般レベルで考えたらまったく意味不明だったり、ハテナマークだらけのところも多いです。ただそれも通して読んでいると、おのずと「出た、またあの話だな」という風に「キモ」が見えるようになってきます。いや、そんなことはわからなくてもいいのです。「ある視点」をもって「ナニカ」を感じ、それを自分の日常に落とし込むことができれば、随聞記の教えが生きたものになるはずです。

星の坐禅会、次回も楽しみです(いつになるのかまったく不明ですが)。

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しのごの言わず「只管」です

アルカイックスマイルで

今月はYouTubeがとにかくショパンコンクールの予選から反田氏をガンガン推してきていた。あのピアニストらしからぬ容貌のインパクトでついクリックしてしまうのだが、ちょっと聴いて「おおすごい」と思うのみにとどめていた。ショパンのような情動的な音楽を聴かないようにしているからだ。

ところが、先日寝入りばなを犬に起こされ、鎮静目的でかけた音楽にソレを選んでしまったもんだから、まんまと乗せられて妄想劇場が幕を開けることに......。ショパンを聴いていた昔のことから始まり、高いピアノを買ってもらったのに結局何ひとつまともな曲は弾けないままだった自分の情けなさや、それなのに親に対して今まで申し訳ないと思ったことがなかった不甲斐なさにまで思いが及び、あげくそういえば私はなにをやってもヘタクソだったなどと恥ずかしい過去ばかり思い出され、もう眠るどころではない。

ヨガや禅で感情の起伏がおだやかになり、安定した心で過ごせるようになったのに、ショパンひとつでネガティブ思考になるのは、このところずっとよい眠りがとれていないせいか......。

そして今、呼吸法ワークショップのことを書こうと思ったら「革命のエチュード」が脳内を駆け巡りはじめた。先日追加で行った3回目を終えて、CHAZENの大多数の人たちにちょっとした「アシュタンガ革命」を味わってもらえた。と考えたとたんに。


やめてくれー!
煽動されるー!
乱れるー!


そんなときこそ呼吸をととのえるべし。

アシュタンガヨガが歯を食いしばってやるようなものでないことは、マイソールクラスを続けていれば誰もがわかるとは思うけれど、それでもなお多くの人にとっては、キツくて、それ相当のがんばりが必要なたぐいのヨガだと思われている。


Nooooooooo!


正しい呼吸の仕方で練習していたら、自然とこんな顔になっているはず。

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アルカイックスマイル〜


昔、ナガサキのヨガクラス(chayoga)を始めて、その第一回目のとき、「目を閉じて、両手を胸の前で合わせて......」と言ったらそのとき10人くらいだったと思うけど、みんな初心者なのにこんなやさしい顔になっていて感激した。初っ端から今まで、いつも生徒に恵まれてきたのだな。

あ、また脱線したけど、とにかくアシュタンガの練習はこのようなお顔でなさってくださいまし。

少なくとも、私の考えるアシュタンガヨガは瞑想そのものであり、菩薩さまが思惟をされているときと同じ。違うのはおまけで運動効果がついてくることくらい。

もし、なんらかの事情であまり身体を動かせない方にも、この瞑想の習慣を身につけていただきたいと思うので、年齢や身体状況によってシークエンスをアレンジ可能です。心身の「革命」を願う方はぜひCHAZENの朝ヨガへどうぞ。

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おまけ。理事長のアルカイックスマイル。

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瞑想中ではないと思われ......

目覚めた方

本日、またすごいものが届きましたのでございます。

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このデジャヴュ感よ


そう、あのときのケーキ、again。ちがうのは、メッセージプレートの文字だけ。

chazen.hatenablog.com


はて、これはバースデーケーキのようではありますが誕生日でもないのにいただいてよいのでしょうか?

と言いつつ、さすがに今の体調で「ケーキまるかぶり」は禁物(本望ではあると思いまするが)。小分けにして保存しておくことにしました。でも、その前に写真を撮らねば......。

本日のシュー理事長は、長いお昼寝を楽しんでおいででした。11時におひるごはんを食べた後からお休みになられ、私が小一時間出かけている間も起きた気配がございませんでした。午後、漢方相談に訪れたお客様もついに理事長が起きたところを見ることなくお帰りになられたほどです。

仕方なく寝顔を背景に撮っておりました(上の写真)。


ら。

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ムクっ


お目覚めに!

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今、ケーキの匂いがしたような......


覚醒して、徘徊なさっている!

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どこだ、どこだ、ケーキはどこだ?


おお!
まるでサマーディの終局に差し込む光がヨーギーを解脱へ誘うように、ケーキの匂いが理事長を覚醒へと導くのです。

まさに、シューさまこそ、目覚めたお方=ブッダではございますまいか。

このような形でEnlightenment(悟り)の瞬間を体現してくださるグルは、いったい何度彼岸に達したことでありましょう。かように聖なるお方でありながら、私たち凡夫のために再びシャバ世界へ戻ってお導きくださるのです。

このケーキはきっと、ジーヴァムクティ(生前解脱)をされたシューさまの、ヴィデーハムクティ(離身解脱)を阻む目的で送られたものに違いありません。

あのお方がそれを願っていらっしゃる。

そうですとも。
やはりグルシューさまには、もうしばらくの間、私たちが手を取り合って彼岸にわたれるように手助けをしていただかねばなりません。

あのやる気、覚醒の仕方は悪性腫瘍など吹き飛ばす力を持っているのではないかと思われます。

どうぞ今しばらく、迷える私たちをお導きください。

天使たちのヨーガ・スートラ

本日、今期スートラクラスの最終回でした。
4年半かけてついに第3章の終わり、kaivalya(独存)まで至りました。もちろん、脳内での理解ということですが、サマーディ(三昧)の先にある最終ゴールを見学しに行ったようなものです。

最終目的地がどこにあるのかがわかったから、来月からまた第1章に戻って読み直すことで、ゴールまでのプロセスがより鮮明に浮かび上がるようになるはずです。もちろん、新しくスートラを学び始める方、再挑戦する方も歓迎いたします。ぜひこの機会にスートラに親しんでみてください。お待ちしております。

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それにしても、このクラスほんとうにすばらしいサンガに育ちました。毎朝CHAZENで練習を続けているからこそ、私の言わんとすることが実感として理解できるのでしょう。毎日のプラクティス+スートラクラスは最強であることを再々認識した次第です。

欠かさず参加しているT嬢は、スートラクラスのあと帰る道すがらいつも「CHAZENの人たちはみんなきれいで天使みたい」と思っているそうです。今日それをみんなにシェアしたら、異口同音に「T嬢こそが天使だよ!」と。

......なんて書くと、ほめ合いみたいでちょっとキモチ悪いと思われるかもしれませんが、ほんとうにそうだなと思います。何よりお互いを天使と思えることが天使みたいです。

ああ、大好きなフラ・アンジェリコの「受胎告知」の妄想が始まってしまいました。フィレンツェのサン・マルコ修道院にある、跪いてしまうほどの、涙がこぼれおちるほどの清らかな絵画です。今その大天使ガブリエルとCHAZEN生が重なり合っていきます......。

そんな天使たちに向かって仏教の「自未得度先度他」のお話をしたところ、やはり天使たちだけあって心に深く刻まれたようです。きょうの感想のなかで、ヨガは宗教を超えて誰もが実践できるという話がありましたが、来月からのヨーガ・スートラもまた、時に禅仏教をからめた独特の語り口で進めたいと思います。

天使のたまごたちもお待ちしております!


ところで、最終回にふさわしく、今日はお茶の時間のおやつもスペシャルでした。

ひとつは、先月いただいてあったO丈特製の栗の渋皮煮ブランデーバージョン。「日持ちするので」と言われたときに、この日のおやつにしようと思ったのです。ちょうど人数分足りたので1人1個まるごとです。その大きさと、その美味なことに、みんな大感激でした。ちなみにどれくらい大きいか、みかん(S)と比べてみました。

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小さいみかんほどの栗って......


もうひとつは、私がやめてからも独自に米作りをされている人たちから貢いでいただいた今年の新”年貢米”で作った小にぎり。梅酢、白ゴマ、こんぶ、青紫蘇を混ぜ合わせてラップで包んだものですが、ご飯の水分が多くてうまく混ざらず失敗でした。それでも、暑い中苦労して作ったお米のありがたみが優って、とてもおいしかったです。

そのほかにも、きょうはシャインマスカットやら大きなバラの花やらもいただいていて、ゴージャスなカウンターでした。

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お花よりお供えより小さい仏像さま......


みなみなさまのご厚意に深く感謝いたします。

そして、冷えてきたので、理事長にはこのバラの花と同じ色の服を着ていただきましたよ。

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どや?

半年ぶりのレッド

ようやく再開できたレッドクラス。5月の連休に予定していたレッドクラスが緊急事態宣言に伴う臨時休校によってキャンセルとなり、その後の感染急拡大で見合わせていた。

東京都の感染者数が二桁の今だから、もし定員オーバーしてもGOだなと思っていたけれど、その心配はまったくの杞憂に終わった。半年ぶりなのに? 半年ぶりだから? いつの間にかレッドクラスが敬遠されるようになってしまったか?

コロナ前は「毎日やるのが......」を標榜していたのに週3回でもいいよとなったせいか、ちょっとシマリに欠けてきたような気もする。

あ、シマリのないのは私か?
昨夜はまたシューが何度も起きたので熟睡できず、0時に起きてお仕事。朝方少し仮眠したけれど、体も頭もひどく鈍っていた。半年ぶりなのにカウントできるんかいなと思ったが、十数年やっていることだから、できるはできる。ただ、覇気には欠けるね。

覇気には欠けてもレッドはレッド。
きょうの参加者は古株の練習生ばかりだったので、「古参向けレッド」にアレンジしてみたら、ガクブルだの、明日は筋肉痛だの言いながらも、今日来てよかった感が漂っていた。やっぱり、レッドクラス大事だ。キツい〜と言いながら、みんなで一緒にこの時間を共有することにも大きな意味がある。特に先月呼吸法のワークショップをやったから、レッドクラスでヴィンヤーサも確認してほしかったというのもある。

コロナという危機のもとに、CHAZENは円熟味を増したと思っているが、円熟ははまたマンネリをももたらす。無理をせずに、コツコツ続けるのがいちばんだけれど、ときどきは自分を律したり、厳しさという刺激を与えることも大切。人間は放っておくと楽な方、楽な方へと流されてしまうから。

自分を制することが、心にわだかまった濁りを取り去るためのひとつの方法でもある。また、自分に課した厳しさを乗り越えたときにこそ自分を信頼できるようになる。すなわち自信が生まれる。それが鍛錬ということ。

修行がおろそかになるほど、心の中に迷いが入り込む隙間ができてくるもの。その迷いこそが自分を苦しめる原因であることを、自分自身が強く感じるこのごろ。

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ベランダでお散歩したよ

飲むべきか飲まざるべきか

初めてマイソールクラスに来た人は、だいたいがお水の入ったボトルを携えて入ってきます。運動する際は必ずお水を飲みながら行うのが常識になったからでしょう。そこでまず先に「アシュタンガヨガでは(もちろん正統の)せっかくあたためた身体を冷やさないため、そして集中が途切れないようにするため、特別なことがない限り途中でお水を飲まない」ということを説明します。

時には練習中にお水を飲んだ方がいい場合もあるので絶対ではありませんが、普通は飲みません。練習後しばらくしてから少しずつ水分補給をするのがアシュタンガ流です。水を飲まないと危険と思っている人は、大丈夫なの?と思うかもしれませんが、大丈夫です。

昭和の部活では途中で水を飲むなと言われたものですが、その後水分をとらないと危険だといわれるようになり、さらには1日2リットル以上など水をたくさん飲む健康法美容法があって、多くの人が大きなペットボトルを抱えて歩くようにもなりました。

ある雑誌に水分に関する特集があり、現代医学の先生が水をたくさん飲みなさいと書いている次のページに、漢方医の先生が水分を取りすぎないようにと書いていて、読者は迷ったことでしょう。

漢方医学では「水毒」といって、捌き切れないお水が身体にたまることによって病気になったり痛みの原因にもなると考えます。特に日本のようにまわりを海に囲まれた湿度の高い土地では体内に余計な水がたまりやすい上、ストレスや疲労、不摂生などで五臓の働きが失調すると、摂取したものが消化しきれず胃に水分が残ってしまいます。

たとえば消化器の弱い私は暑くなると水を捌ききれず余分な水がたまり、食べたものが栄養になって全身に行き渡らないので貧血のような状態になっていました。そんなときに水をたくさん飲んだらよけい具合が悪くなります。けれど、夏が終わって脾胃の機能が回復してくると、ちゃんと水を捌き切れるようになり、身体も栄養されるようになるのです。

冷房が効いたところでデスクワークしている人と外で身体を動かしている人も違いますし、年齢によっても違います。つまり、水分は人それぞれの体質や体調、季節に合わせて「適量」摂取するものなのです。水分補給自体は大事ですが、ナントカ健康法を鵜呑みにして、ひたすら水を飲みすぎないようにしたほうがいいと思います。また、できるだけ冷たいものを避けて常温以上のものを少しずつ飲むことも大事です。アシュタンガ=アーユルヴェーダと同じ考えで、消化の火を弱めないようにするのがポイントといえます。

漢方医学では、絶対的なひとつの健康法があるのではなく、その人の体調や体質だけでなく、その時々の季節や土地柄なども考慮して、なにをすべきかが変わるということです。季節ごとに養生法も異なるので、漢方喫茶でそのあたりを少しずつシェアしていきますね。

次回は11月3日、そろそろ冷えてくる時季なので、かぜの予防と対策をテーマに陰ヨガ+漢方喫茶を企画しました。

もうひとつ、星覚さんがベルリンから戻られ、10月31日にCHAZENにて坐禅会となります。

詳細はこちらからどうぞ。

www.chazenyoga.com


女子の着替えをチェックしにいくハレンチ理事長。

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どこまでもオンナ好き