CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

おやめなさい

とあるチェリストは、入門希望者にはまず「おやめなさい」と言うそうだ。一度断られたくらいであきらめるようじゃ、とても続かないからと。

それを読んで、マイソール練習の入門者にもそう言ったほうがいいかな、なんてふと思った。もちろん、言ったことも言おうと思ったこともないけどさ。折しも、今朝ドロップインで練習した方に、マンスリーパスで続けたら?と、紹介者と二人でけしかけたのだけど、むしろ、やめたほうがいいよって言えばよかったような気がしたのだった。

というのも、マイソール練習はヨガスタジオの朝ヨガクラスとはちょっと違うから、寝る時間とか、他のことに費やす時間をある程度犠牲にして優先順位をあげないと続けるのは難しいと思うのよ。長く続けられる人はマイソール練習に、ある意味これなしではもう一日が始まらないくらいの価値を見いだしているはず。

先日、舞踏派ZEROのパフォーマンスを観に行ったのだけど、観ていてつくづく、この人は踊らずにはいられないんだなと思ったの。心の底から、いや、魂の奥底からカラダが動いているのを感じた。もはやこれが好きとかいう次元を超えて、生きることがすなわち踊ることなんだろうなと。

ただ振り付けして、音楽に合わせてカラダを動かして、きれいだとか上手だとか、そういう踊りには感じないものを感じた。これをやったらどうなるとかいうものを飛び越えて、踊らずにはいられないという、込み上げてくるパッションを。そこには、もはや「私」は存在せず、ただ踊るカラダだけが存在していた。踊りそのものになっていた。観ている私も評価とか好き嫌いではなく、ただそのパッションを受け取って、心の中で一緒に踊った。

アシュタンガも同じかもしれない。何年もやっているうちに、これがどういう効果があるとか、将来これで何か得するとかではなく、やらずにはいられない、ただ練習するだけのものになるのかもしれない。言葉で説明できるようなものが介在しない世界。

ただ、そうなるまでに時間が必要なので、最初のうちは単におもしろい、気持ちいい、これが好きという感覚に導かれて続けていくのがいい。健康のためでも、シェイプアップ目的でもいいしね。なんだっていいんだわ。

そして、続くかどうかは、もうすでに決まっていることなのだから、私が外から気を揉んだりする必要もないことなんだわね。

今度「おやめなさい」とか言ってみようかな。


ツンデレで。


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ダメになったと思っても、育つものは育つのよ