CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

実践こそが勇気を与えてくれる

森のリトリートプロジェクト、私の頭の中では妄想が百花繚乱状態ですが、ハタからは何がやりたいのか、何をやろうとしているのかさっぱりわからないという空気を感じます。そこには立ち入れません的な傍観されている感があちこちから伝わってくるのです。

ごもっともです。
そもそも計画性ゼロ(計画性があったら、実現はしてない)。「考えたときにはもうやっている」これは一生治らない私という人間の性分で、今までの人生もずっとそんな調子でした。

ただ、これまでと違うのは自分のカンを信じようと思えるところ。自分のその、わけわからないカンを頼りにすればいいのだと思えるところです。これまでの実践の結果としてこういう自信が生まれました。自分でもなんだかよくわかっていないのだけれども、そこにはちゃんとナニカがあるんですね。そのナニカというのは、昨日や今日形成されたものではなく、長い間に私の中に作られていったものなのだと思います。

庭をどうするか考えていたときに広がってきたひとつのイメージ。それはフランスにある禅寺の映像でした。アルザスの森の中にある本格的な修行道場といった雰囲気のお寺は、日本風にしつらえてもやはりヨーロッパ風味が強く、未だに根っこのほうではヨーロッパ趣味が抜け切らない私の印象に強く刻まれていたようです。

その映像を久しぶりに見たら、改めていろいろなことが美しく感じられました。さすがフランス人の美意識と、永平寺に倣っていれば必然的にそうなるであろう美しさがみごとに溶け合っています。フランスに禅を伝えた弟子丸泰仙老師(師匠は澤木老師)の功績なのでしょうかね。


ZAZEN Le film - Pratique du Zen dans un temple bouddhiste


CHAZENのリトリートハウスの理想イメージがこれなのかもしれません。そのものではないし、細かいことは違うのですが、イメージを考えたらこれなんですね。私は出家する予定がないのでお寺にはなり得ませんが、共同生活のなかでヨガや坐禅をしたり、作務をしたりという修行の場をつくりたかったのです。

修行というのは朝マットの上で行うアーサナ練習だけではなく、24時間がすべて、禅の言葉で言うならば行住座臥の全部のことです。本来は集団による共同生活の中で行われるべきものですから、毎日は難しくてもときどきは寝起きを共にしながらの修行を取り入れたいという思いは以前からありました。

森の自然に癒されながらプラクティスをし、本来の自己に戻っていく場所としてのリトリートハウスです。理想的な形になるには時間がかかると思いますが、庭を整えていくのと同様、少しずつ育てていきたいと思っています。


と、上に書いたことは昨晩考えていたことなのですが、きょう内田樹先生のブログに、すごくタイムリーに私の言いたいことが書いてあったので一部を引用させていただきます。
出典はすべて以下のページ
「そのうちなんとかなるだろう」あとがき - 内田樹の研究室

ですから、最近では若い人を相手に話すときには、「決断するときに、その理由がはっきり言えることはどちらかというと選択しない方がいい」ということをよく申し上げます。
 入学試験の面接でも、就活の面接でも、ゼミ選択の面接でも、必ず「どうしてあなたはそのことをしたいと思うのか?」と訊かれます。それにすらすらと答えきれないとよい評点がもらえない。でも、これは違うんじゃないかなと僕は思います。自分がほんとうにしたいことについては「すらすら理由が言える」はずがないからです。だって、自分のすごく深いところに根ざしている衝動とか欲望とかに淵源があるものがそうそう簡単に言語化できるはずがないじゃないですか。

スティーブ・ジョブズスタンフォード大学の卒業式に呼ばれて祝辞を述べたことがあります。そのときにとてもよいことを言っています。
 The most important is the courage to follow your heart and intuition, they somehow know what you truly want to become.
「いちばんたいせつなことは、あなたの心と直感に従う勇気をもつことです。あなたの心と直感は、あなたがほんとうはなにものになりたいのかをなぜか知っているからです。」

 僕もジョブズに100パーセント同意します。たいせつなのは「勇気」なんです。というのは「心と直感」に従って(「なんとなく」)選択すると、「どうしてそんなことをするの?」と訊かれたときに、答えられないからです。エビデンスをあげるとか、中期計画を掲げるとか、費用対効果について述べるとか、そういうことができない。「だって、なんとなくやりたいから」としか言いようがない。だから、「なんとなく」やりたいことを実行するためには「勇気」が要ります。だって、周り中が反対するから。「やめとけよ」って。
「どうしてやりたいのか、その理由が自分で言えないようなことはしてはならない」というルールがいつのまにかこの社会では採用されたようです。僕はこんなのは何の根拠もない妄説だと思います。僕の経験が教えるのはまるで逆のことです。どうしてやりたいのか、その理由がうまく言えないけど「なんとなくやりたい」ことを選択的にやった方がいい。それが実は自分がいちばんしたかったことだということは後になるとわかる。それが長く生きてきて僕が得た経験的な教訓です。さいわいスティーブ・ジョブズもこれに同意見でした。
「あなたがほんとうになりたいもの」、それが「自分らしい自分」「本来の自分」です。心と直感はそれがなんであるかを「なぜか(somehow)」知っている。だから、それに従う。ただし、心と直感に従うには勇気が要る。


内田先生は合気道によってこの直感智を得ているし、ジョブズも禅プラクティショナーでしたから、これらの言葉にパワーが宿る。実践したからこの勇気が得られるのだと思います。

ヨガをしたから、坐禅をしたからいいことがあるわけでないけれど、何かをするときに自信がもてる、勇気が湧いてくるようになるので結果的にはいい方向へ進む確率が高いようにも思えます。

さあ、プラクティスはじめましょう!

chazenyoga.com


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どっちにしても、なるようになる