CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

洗脳

いちばん最近CHAZENの仲間入りした某嬢いわく、
「練習に来てしまえば気分がよくなるのだけど、ここに来るまで(起きるまで)がたいへん」

それを受けてCHAZEN歴数年の先輩いわく、
「大丈夫、洗脳されてしまえば毎朝来られるようになるから」

洗脳かー。
何に洗脳されるんだろうなー。
よき習慣に染まっていく洗脳ならおおいに歓迎だけど、そんな言葉が飛び出してきたことにちょっと笑った。


さて、今日は漢方のクラスを受講するため山手線に乗った。最近は車両まるごとひとつの企業や団体の広告になっていて、思いっきり洗脳型の広告戦略を打ってることが多いけど、今日乗った車両はなんちゃらいう人の自己啓発セミナーだか本だかで埋め尽くされていた。「講演家」という肩書きのその人の名前は初めて聞いたけど、印象としてはちょっと年配の、定年退職した男性がターゲット? 会社という行き場を失った人たちを鼓舞してその気にさせる講演の風である。


おお、今日は洗脳の日だな。
さっき洗脳の言葉に笑ったと思ったら、洗脳を洗脳する広告に当たった。

ところで、そのモニターに映るなんちゃらいう講演家の言動や態度を見ていたら、「五蘊は空なんです」の『コタキ兄弟と四苦八苦』に登場したボブを思い出して、ひとり心の中でウケまくっていた。

ボブは、無職のコタキ兄弟が活動している「レンタルおやじ」の競合の「レンタルおじさま」を主宰しており、そのプレゼンで今までテレビの前から動かなかったようなおじさんを洗脳させてしまうカリスマなのだ。このへんのバカバカしさが私にはかなりツボで、でも話のオチではキリッと締めるその匙加減がうまい。

予告編:

www.youtube.com


話は逸れたが、その広告の何に違和感を感じるんだろうかと考えてみた。言っていることも話し方も人を引き込むのに十分魅力的だと思う。もし実際に話を聞いたら、私もウォーって拳を振り上げてやる気になってしまうかも(ならねーよ)。だったら、どこに抵抗があるのだろうと。


よく考えればアシュタンガだって似たようなものだ。
早朝に身体と精神の浄化をして毎日を充実させるぞー!ってカリスマが言えば、ウォーってその気になってしまうかもしれない。ただ、それだけで続けるのは難しいけど。

そういえば、その講演で話した言葉が字幕で出てたのが「人は快に流れてしまうものだ。でも、達人は不快に面白さを見出す」みたいなセリフ(うろ覚え)。アシュタンガなら、最初は二度寝という快に流れるけれど、布団の中にいる快楽よりも、そのときはつらくても起きて練習したあとの快楽が勝るようになるもの。

違うのは、カリスマ指導者に洗脳されるかどうか。
アシュタンガの洗脳はもっと静か。そして、誰かに洗脳されるのではなく、練習の体感を通じて、自分で自分を洗脳するのだと思う。練習後の気持ちよさ、清いものに触れた感覚は、自分の肉体をとおしてしか感じられないから(超能力が発揮されるまでは)。

カリスマ指導者に洗脳された人は、のちのち後悔することがあるかもしれないけれど、アシュタンガに洗脳されて後悔した人を見たことはない。

練習しなかった朝の後悔はあっても、練習した朝に後悔はない。

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本日のプラクティスはシャヴァーサナ