週末は禅とアシュタンガの6回シリーズ@マイソール浦安が最終回でした。回を重ねるごとに馴染みが深くなり、その集大成のようなクラスになった気がします。今回はマニアックに走らないように、観念的な話を避けて、自分がインドで実際に感じた大いなる存在のことや、南アルプスは白州の渓谷道で経験したことなどを中心にお話しました。
ナニカが伝わった感触がありました。強いエネルギーを感じたという感想もいただきましたが、受講者から返ってくるエネルギーも大きくて、自分の話に自分がインスパイアされて、浦安からの帰り道、またあの渓谷を歩きたくてたまらなくなりました。山のことはすっかり忘れて文字ばかり見ているような毎日ですが、自然の中に身を置かないとわからないことがあるのを自ら思い出したというわけです。
間のいいことに、ちょうど翌日はなんなんの鷹取山ハイクの日でした。5月に箱根を歩いたことに興味をもってくださった方がいて企画しました。神武寺というお寺の参道から入山するのですが、そこがいい塩梅に石畳になっているので、ハダシで歩くのにちょうどいいのです。
ハダシ歩きの会という設定ではなかったのですが、一人残らず靴を脱いで歩き出します。

すれ違う人が我々のハダシを見て「あっ」というリアクションをします。ハダシ歩きデビューはひとりではハードルが高いですが、みんなでハダシならへっちゃらです。
ところが、実は他にもハダシの人がいたのです。ひとりで歩いていたと思しき外国人(見た目アフリカ系)の男性が。それを見て我々も「あっ!」と言い、向こうもこちらの足元を見て「おっ」となり、言葉は交わしませんでしたが、ほんの一瞬のハダシ同士の友情が生まれたのでした。
そういえば、先週来日し、浦安でWSをされたMatt先生(アメリカ産)が千葉の野道をハダシで歩いていたと動画を見せてもらったところでした。ワイルドナチュラル系の人にとっては当たり前のことなんでしょうね。
それに、今回参加されたご夫婦は、韓国でハダシで歩くための施設が整えられた公園を見て興味を持ったそうですから、そのうち日本にもハダシ歩きブームがやってくるのかもしれません。ちなみに私が育った山の小学校では、運動会は必ずハダシでした。
途中、どんぐり踏み踏みエリアあり、小石の砂利エリアあり、木の根の出ているエリアありでしたが、頂上までずっとハダシで登ることができます。

ハダシで歩くと必然的に、ひと足ひと足を注意深く踏み出して、足の裏で大地とつながる感触を味わうことになります。そう、これは歩くマインドフルネスなんですね。お釈迦さま的に言えば「よく気をつけて」歩くことです。それを狙ってのハイクだったわけではありませんが、さすがヨガ人、みなさんちゃんと実感されてました。
終わってから振り返ると、とても清々しい感触だけが残っているのは、歩く瞑想の効果そのものです。
しかし、歩いているときはそれを感じることができませんでした。なぜなら、私のマインドフルネスを阻止する刺客と戦っていたからです。
涼しくなって活動が活発になっているのでしょう。すごくたくさんの蚊につきまとわれました。長袖を着ているのに手首から先、そしてハダシの足をボッコボコに刺されて、マインドは迷走します。手のひらとか爪の際まで刺されて痒〜い。
しかも、グループ内で刺されるは私だけなのです。
なぜに?
私の瞑想者としての資質を試すために刺客を差し向けている何者かがいるに違いありません。これまで、さまざまな苦手を克服してきましたが、この煩悩だけはどうしてもクリアすることができない私なのでした。一生悟れないことは確実です。

頂上には展望台もあり、360°の景色が楽しめます。眺めの先にあるのが高層ビルだったり、高速道路を走る車の音が聞こえたりするので、大いなる存在を感じるところまではいきませんが、アクセスの容易さと引き換えですからそれは仕方ない。
あちこちの岩壁でロッククライミングの練習が行われていました。

さて、ハダシを堪能したあとは公園で足を洗って靴を履き、東逗子に戻るはずだった当初の予定を変更して横須賀方面に下りることにしました。追浜駅まで行けばランチする蕎麦屋くらいあるだろうと思ったのですが、日曜日で商店街のシャッターがどこも閉まっており、靴を履いて照り返しで暑いアスファルトの道を歩くのは、(蚊がいなくても)とても長く感じられました。
最終的に、地元のお寿司屋さんが開いているのを発見。イマドキめずらしい良心価格で、感じがよく、何よりたいへんおいしいお店に当たりました。すごい穴場感です。和やかに食事を終え、お茶を飲みながらおしゃべりしてもまだ13時すぎ。半日でこれだけ満喫できるのですから、近場バンザイです。誠によき時間でありました。
調子に乗って一句(鷹取山ハイクなので)
天高し 大地有情とぶっつづき ーちゃみこ
