なんなん三昧

旧「CHAZEN三昧」からタイトル変えました

道元禅師の御許で正法眼蔵を学ぶ

先週、1年ぶりに大本山永平寺に滞在してきました。

昨年は、岡山の僧堂から本山へ研修に出していただく機会があり、1週間ほど滞在させていただいたのでした。禅の道を歩むきっかけになったのがこの永平寺である私にとっては、ここが原点であり、道元禅師を間近に感じられる特別な場所です。もしも男であったら間違いなく永平寺での修行を選んだでしょうが、女子には叶わぬことですから、永平寺の修行僧の末席に加わってお経を読む日が来るなど、考えたこともありませんでした。

それが、思いもかけず叶ったのですから、そのときの私の感激ぶりは推して知るべしです。夢見たことすらない夢の実現に、ありがたすぎて再来など望むこともなかったのですが、今回はまたしても「眼蔵会」という行持で敬愛する老師が講師をつとめられるという千載一遇に恵まれたのでした。

そんなわけで、うっとうしいほどに気合いが入っている私は、当然フル日程で申し込みました(そんな人は私だけでした)。初日の講義は午後からですが、山門で講師をお出迎えするために2日前から天龍寺に泊まり、当日朝9時前にチェックインです。まるでスタアの「入り待ち」のようで少し気恥ずかしくもありますが、ファンならそれくらい当然です(よね?)。

講義の始まる前に、道元禅師が祀られている承陽殿というところで開講の諷経が行われました。正法眼蔵の講義ですから、まず道元禅師にご挨拶をするわけです。通常は入れない承陽殿での儀式ですし、道元禅師のお膝元で正法眼蔵の学びができると思うと、それだけで感無量でした。同時に、そんな自分の変わり者っぷりを実感し、おかしくもありました。

何十人もの男僧の中で、尼僧はひとりだけです。若くなくてよかったと思いました。60歳以上は女子もOKにしてくれないかななどと妄想していました(体力的に無理でしょうが)。顔見知りのお坊さんがいらしていて、ひとりで平気なの?と言われましたが、もうぜんっぜん平気です。ただ学びたいという一心ですから、女であろうが一人であろうがまったく気になりません。

しかし、あまりに興奮したせいか、初日は頭がズキズキガンガンして夜中に目が覚めてしまいました。ふだんそれほどの頭痛はめったにないのですが、そこは漢方養生指導士ですから特効薬の漢方を飲んで、翌朝の暁天坐禅には支障なく出られました。漢方をうまく使えば、鎮痛剤は飲まなくても危機をすり抜けることができます。その後二度ほど別の漢方を飲んで完全復調し、最終日まで元気に過ごしました。

僧堂外単での坐禅は、ひんやりとした雲堂にただよう空気が特別に澄んで清らかに感じられました。独特の静謐さ、ピリッとした緊張感、ほかでは味わえない空間。老師の並びで、老師が言われていた言葉を胸に坐った珠玉の時間でした。

いつ来ても、何回来ても、ここは私にとっての聖地です。仏法に遭うこと自体がめったにないことなのに、さまざまな偶然という必然に導かれて永平寺にいられることがありがたくて仕方ありませんでした。

帰ってきて2日後の坐禅会では、そんな私の極めてパーソナルな心境を語り、その喜びを分かち合ってもらいました。CHAZENで禅の会を始めた当初からの人たち、得度式にもきてくれた人たち、熱心に仏教の学びを続けている人たちの存在あってこその分かち合いです。なんと有り難いことか。

道元禅師の書かれた「正法眼蔵」はたいへん難解で、現代語訳があっても理解は遠く、これは生きた先生に教わるべきものと思っています。何度でも聴いていたいと思える先生に出会えたことも「有り難い」ことです。

当初からわかっていたのですが、私は僧侶という職業にはあまり向いていないような気がします。能力的にも性格的にも。今は、修行僧として精一杯、毎日の修行と仏道の学びを続けるだけです。それしかできないし、それでいいのだと思えた永平寺での5日間でした。

この苔がたまらない