なんなん三昧

旧「CHAZEN三昧」からタイトル変えました

臘八摂心に思うこと

先月の終わり、今は本国に帰って修行を続けている同安居からのメールに「来週からRohatsu sesshin」とあって、ほっぺたをピシャッと叩かれたような気がした。各地の修行道場では、お釈迦さまがお悟りをひらいたときにならって12月1日から1週間ぶっ通しで坐禅をする臘八摂心が行われる。それなのに、私ったらこの期間に坐るためのスケジュールを組んでなかった。

修行僧のくせにこれは迂闊だった。昨年は仮住まいを始めたばかりで「ああ臘八......」という心残りだけがあったけれど、今年は明らかにそのための準備を怠っていた。

臘八摂心というと思い出すのがコレ。

chayoga.exblog.jp


この話が大好きなのでよく覚えている......と思ったら、記憶違いをしていた。私の頭の中で「老師の作ってくれたサッポロ一番はサッポロじゃなくて世界で一番だ」という話にすり替わってしまっていた。10年以上前のこととはいえ師匠に対して申し訳ない。もしこういう記録がなかったらずっと思い違いのままだっただろう。

それはそうと、私は摂心になると別人のように少食になる。普通に食べていると、食べたものがどんどん身体にたまっていくような感じがして、苦しくなってくるのだ。逆に摂心のときはお腹が空くっていう人も多いし、実際、摂心の期間は励ましの意味でふだんより豪華な食事が出たりする。行茶のときに大きなシュークリームが出て「拷問だ」と思ったこともある。

運動量が少ないからだと思ったが、いつもはずっと座っていて動かなくてもお腹は減る。もしかしたら、頭を使わないからだろうか。坐禅中も考えは浮かんでくるのだけど、考えようとはしていないから脳の活動がかなり抑えられている。電源は入っているが、スリープモードのような、アプリが起動されない(内臓アプリがお休みしちゃってる)状態なのかもしれない。

そういうこともあって、積極的にどこかの摂心に参加しようとは思わない。代わりに独り摂心をやる。お腹が空かないから、おにぎりなどつまめるものを用意しておけば、1時間に1炷のペースで超インテンスなタイムテーブルが組める。それで1〜2日坐れば、ミニ摂心ができるというわけ。

それでも諸事情により今回は丸一日坐る余裕がくて、結局、オンラインクラスが終わったあと夜中まで10炷だけ坐ってお茶を濁した。フルで摂心していた人たちの最終日に追いついてみた形だ。海外の精進している友人たちには実に啓発される。私もがんばろう(自己激励)。そして案の定、サッポロ一番にも啓発されて、さっそく買ってしまった(スヌーピーのパッケージになっていて、さらに購買意欲をそそれらた)。

摂心が終わればたちまち、もとのがっつり食べるワタシに戻る。魔法みたいだ。

王子様だったことを彷彿させるお姿