CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

最良の友・最強の武器としてのアシュタンガヨガ

ニュースはコロナウィルスであふれているが、クルーズ船の感染者数が日々二桁で増えていって、もはや中国がどうしたという次元ではなくなっている。きのう岩田健太郎さんのアップしたビデオを見て、すべての問題はここに尽きるという印象を抱いた。

感染的にも立場的にも命がけの潜入&公表も、きっと大方のメディアから抹殺されてしまうのだろうと思っていたらそうでもなかったが、とにかく現政権にとって「不都合な」人物は、いかに専門家でも排除せよという力が働いているのは明白だ。この期に及んでもそんなことを言っているとは......。敵だ味方だ言ってる場合じゃないだろーが。

こういうときこそ、強力なリーダーシップを発揮する人がトップだったらと思う。
ユリウス・カエサルのような......(妄想しすぎか)

こんな危機管理で大丈夫なんだろうか。
感染防止についても、どの情報を信頼すればいいのかわからないこの感じは、震災のあと、原発事故のときに似ている。

不安をかきたてられて、人々が殺気立ってくるあの感じ。
あちこちで見られるエゴ丸出しの言動や現象......。

当時、旧ブログにアップした震災後の記事にもからんでくる人がいたもの(このブログはコメント欄をオープンしてない)。

そんな不安定な毎日をひたすら瞑想して過ごした。
坐って、アシュタンガの練習して、祈ることだけしかできなかったから。

ところが「こんなときにヨガするなんて」と言う人がいたり、気分がふさいで練習ができないという人がいるのには驚いた。同じアシュタンガヨガを練習していても、とらえ方や位置付けがかなり違うことに驚いたのだった。私にとっては「こんなときこそヨガ」だったからである。


今朝、コロナ関係で仕事柄忙しくなっている練習生が夜勤明けでやってきて小一時間練習していった。もうみんな帰ったあとの放課後で、私は歯医者の予約があったので勝手に練習してもらった。指導者の気配はすれども姿は見えずという微妙なセルフプラクティスは彼女に何かの気づきをもたらしたようで、晴々とした顔で帰っていった。

別の、これまた仕事柄あわただしくなっているであろう練習生は、心を浄化させたいと今度のギータークラスを待ちわびているらしい。

ふんふん。どうやらCHAZEN生は私と同じようにアシュタンガヨガをとらえているようだ。

というのも、アシュタンガヨガを瞑想すなわち心を調えるためのツールとは考えていない人が少なくないのである。頭ではそう考えている、あるいは表面的にはそのように認識している人も、非常時に役に立つものだとは思わないらしい。

私にとっては不思議なのだけど、それがマジョリティである。
たぶん本丸には興味なくて、りっぱな門だけ見てそれをヨガだと思っているのかもしれない。あるいは○○城のブランドに満足しているか。

ともあれ、免疫を高めるためにも、心を平静な状態に保つにもアシュタンガヨガは絶大な力を発揮するでしょう。

アシュタンガヨガは呼吸法でもあります。心を調えるのにこれほど簡単でありながら即効性のある方法はありません。誰よりも頼りになる友だちであり、自分を守ってくれる最強の武器でもあります。柔軟性などおまけにすぎないのです。


さあ、CHAZENでアシュタンガヨガ、CHAZENの朝ヨガ、始めませんか?
初心者ほど大歓迎です(経験者ももちろん歓迎ですが)。

私の愛するビギナーズ大募集中です!

chazenyoga.com


一度枯らして以来、ミモザの花が咲くとなんだか嬉しい。

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昨年の台風でかなり枝が少なくなったけど


外から見たCHAZENのベランダ。

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道路を挟んだ向かいの家がなくなってよく見える

物語の快楽

あれは9月のこと。
リトリートの報告記事に信濃追分駅のことを書きました。CHAZENのリトリートハウスはここからさらに車で10分ほどかかるのですが、最寄駅になります。

そうしたら、いつもイギリスでこのブログを読んでいてくださる某嬢から「信濃追分は私が好きな小説の舞台になっているんです!」って連絡がきました。それで軽井沢書店の「軽井沢が舞台の小説コーナー」で早速水村美苗の「本格小説」上巻を購入し、お山に泊まった夜にだけ読むことにしたのです。「嵐が丘」を下敷きにしているというのも実際に読んでみようと思った動機になりました。

分厚い上下の二巻なのですが、物語に入るまでのお話がめっぽう長くて、思わず後ろのページを繰ってどこから始まるのか確認してしまったほど。ようやく物語がスタートしたものの、登場人物がやたら出てくるばかりで若干退屈になってきたりして。信濃追分の朽ちた別荘と軽井沢の古い洋館が舞台になっている以外はさして興味も湧かず。ときどきは夜更かしして読んでいたにもかかわらず、上巻を読み終えたのは今月お山に行ったときで、4カ月がすぎていました。

ただ、そこはさすが。上巻の最後の最後になって下巻を読まずにはいられない展開になるわけです。次にお山に行く来月までは待てないので、下巻は東京で図書館に行くついでに借りてきました。返却期限までに読み終えられないだろうとは思ったのですが、とりあえず。

ヨーガ・スートラクラスの前ということもあり後回しにするつもりが、ちろっと本を開いてみたところ、もうその先を読まずにはいられないようなことが目に入るわけです。ちょうど金曜日だったこともあり、ほかのことそっちのけで読み続け、土曜日に読了してしまいました。しょっちゅう朝まで夢中になって本を読んでいた10代のころを思い出すほどの一気読み。外に出た時に現実世界が変わって見えるほど没頭しました。

戦後から現代に至る、まさに昼メロ的な「運命に翻弄され愛憎織りなす男と女」のお話は、こってりこてこてのシャバ世界なのですが、ここに入り込む感覚は以前と変わっていない。そりゃそうです。グルメ的なことに興味がなくなった今だって、おいしいものを食べたらおいしいと思うのです。ひさびさに味わう物語の快楽に身を委ねた二日間でした。

インド思想とは関係ない世界にどっぷり浸ったおかげで、こういう没頭とヨガで集中が高まることとの違いについて、ヨーガ・スートラクラスで考えることができました。どんなに遠い世界でも必ずここに帰着することになっております。

また愉しからずや。


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ストーブにあたりながら読んだ

ザ☆部活〜コンテンポラリーダンス編

コメコメ倶楽部がなくなった喪失感を埋めるように、新しい部活をスタートさせた。
とりあえずは毎回テーマを変えての単発ものを考えていて、まずはダンス部から。

CHAZENが休みの土曜夕方に集合。
部員が集まってきて最初にウケたのがコレ。部活といったらジャージでしょって。

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なつかしいadidasの3本ライン


部活といってもしかるべき先生をお招きしておりまする。
その自由自在に動く「アートするカラダ」を見てもらいたいと、コンテンポラリーダンサーの太田ゆかりさんに講師をお願いしたのだった。

踊る楽しさを味わうのが主な目的であるけれど、彼女なら毎日の練習のヒントになることを盛り込んでくれるはず。という期待どおりに、まずは体ほぐしのエクササイズから。

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次回の茶禅会で、坐禅前にやってみよ


次は名付けて「踊る太陽礼拝」。
太陽礼拝チックなのだけど、マットの範囲に収まらない動きで一度見ただけでは覚えられない。ダンスはこれがネックなのよねー。

そのあとは動きをつなげてちょっとしたシークエンスを練習。
この動き、なんだか以前体験した武道の型(大陸系の)に似ているなあって思ってたら、太極拳から取り入れたということで納得。先生はクラシックバレエ出身なのだけど、さすが、いろんなところから学んでらっしゃる。武道も習ってたそうな。

動いたあとは、先生を囲んでプチお疲れさま会。
部活だし、夕方だし、泡の出る飲み物などいただきながら楽しいひとときをすごした。これぞオトナの部活よ。


ダンス部やって正解だったな。
動きながら先生が、力の抜き方やカラダの使い方のヒントを次々と言ってくれて、そうそうソレ大事。ソレができたら、練習はもっと楽しくてスムーズで瞑想的になるだろう。こんなにタメになるなら、次回は部活じゃなくてワークショップとしてやったほうがいいかもね。

アシュタンガの練習自体にエクササイズを入れるのは御法度。
カラダの使い方を覚えることも大切ではあるのだが、目的がズレてヨーガではなくなってくるおそれがあるので、日々の練習のときは極力そういうことを省いてただひたすら練習するのがCHAZEN流。

それだけに、時折はカラダへの意識を高める部活やワークショップを企画しようと思ったのだった。
次は格闘技系の予報が出ております。今後の部活が楽しみだわ。

爆走と爆睡のスートラ三昧

新スートラクラスの2回目。
先週がギーター、今日はスートラ、来週は再びギーターで、両方参加している人にとってはたいへん濃ゆい今月である。

しかも、参加人数は減るどころか先月より増えた。
途中で挫折しそうな気配のする人もない。

ダイジョブか?
やる気がハンパなく充満してるぞ。


そして私は宣言どおり自由に、自分の思ったように、サマーディ(三昧)を語る。
仏教を持ち出して、お釈迦様のお話てんこ盛りよ。
(暴走はコントロールが効かない状態なので爆走と言っておこう)


で、終盤。
質問に対しての見解を力説していると、いつの間にかパパラッチが群がっている。

瞑想実修のときから私のパドマの上で寝ていた部長の爆睡っぷりを笑っているぞ。


以下、パパラッチたち撮影。

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爆走するヒトと爆睡するイヌ


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使い古しのぬいぐるみ.


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クタっ

出会い系

実はリトリートハウスを出会いの場にしたいと思っておるのです。

といっても、素敵な異性との、ではなく、朝ヨガとの出会い、アシュタンガヨガとの出会いの場にね。
ヨガをしたことのない方、アシュタンガヨガが初めての方を誘ってリトリートに参加してもらいたいと考えているのです。

リトリートならば、ヨガ以外の楽しみがたくさんあるので、気軽に参加してもらえるのではないかと思います。
修行風味をかなりソフトにしているので、少しでもヨガや坐禅に興味のある人なら楽しんでいただけると思います。

リトリートは定員が少なく、まったくの初心者であってもヨガの時間に手とり足とりで指導することができますから、好奇心だけで参加いただくのも大歓迎です。

このブログを見てくださっているのはすでにヨガをされている方だと思いますので、お友だちを誘ってリトリートにいらしてくださいませ。ヨガ初めての方にも一から指導いたします。神楽坂のCHAZENではドロップインは経験者のみですが、リトリートでは初心者も大歓迎です。

アシュタンガ以外のヨガをやっているお友だち、ヨガとは無縁のお友だちを誘ってグループをつくれば、メニューのアレンジが可能です。お好きな日程でのリトリートが実現する可能性も高くなります。

そろそろ5月のスケジュールを検討しておりますので、ゴールデンウィークや5月中の希望がある方はお早めのリクエストをお待ちしております。

出会い系サイトはこちら↓

www.chazenyoga.com

素敵な出会い=ご縁がありますように......。

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炎を見つめながら憩いのひとときを

淋しいおさかな

淋しい。淋しい。
夢に出てきたおさかなが涙を流します。

淋しいってどういうこと?
女の子は聞きますが、おさかなはただ泣くばかりです。

女の子は答えを見つけるために旅に出ます。
やっと海にたどり着いたけれど、
ずっと女の子を待っていたらしいおさかなはもういません。

そのとき女の子は淋しいということがわかって涙をこぼしたのでした。



きょう2回淋しいと感じたので、
小学生のとき好きだった別役実のお話のことを思い出したのです。



淋しいってどういうこと?

ちゃみこさんは考えました。


楽しかったことや心を通わせた人が失われたときの感情。

それが無常といふことであります。


どんなに「無常」を理解しても、
どんなに修行をしても、
ちゃみこさんからこの感情がなくなることはないでしょう。

でも、その淋しさもまるごとひっくるめて
「これでいいのだ」と思えるようになるのだと思います。

幾山河こえさりゆかば寂しさの はてなむ国ぞけふも旅ゆく
若山牧水


ほんとうはこの淋しさを愛しんでいるのかもしれません。


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最初で最後の最初と最後のギータークラス

本日は昨年からの第6期ギータークラスの最終回であったが、そこに23日からスタートするダイジェスト版ギータークラスのイントロをくっつけるというすごい荒技を考え出したちゃみこさん。それはないよねと自分でも最初は思ったけれど、そうでもないか? 意外といいアイデアではないか?ということで実現させてしまった。

イントロというのは、ギーター読むのが初めての人向けにマハーバーラタから連なる物語の背景を紹介するというもの。まったく初めての人が2〜3人参加するイメージだったのだけど、あまりに大入りでびっくりした。都合悪いはずの人も、仕事だった人もなぜかきているし。昨年までにギーターをコンプリートしている人たちまで。

すげー!
やる気だよ。皆の衆。

そして初めての人もほとんどは第1章とイントロを聞いたあと、最終章の購読にも残っていかれた。
物語の始まりと結末の、これぞ究極のダイジェスト版は、ヘンテコなのにめちゃ収まりがいい不思議なクラスとなり、1回でギーターのよさがばっちり味わえるおまけつき。もう二度とこういうクラスはないでしょう。

できるだけ粛々と重要なことだけを話して、飲み屋で機嫌よくなってしゃべりまくるオヤジ風の語りを省くのが私の課題なのだけど、やっぱりいったんギーターを開けばやっぱりそこは新橋と化し、熱く、しつこく語ってしまう。こんなことでは、今まで月1回で1年かけて読んできたものを4回に圧縮することはできないぞ。ここぞという箇所に絞ってまとめないと絶対ムリだけど、ギーターの詩句はどれもこれもいいので、泣く泣く断捨離するしかない。

今日のちゃみこ節は、インド思想によって既存の価値観や物の見方を別の視点に切り替えることができるという話。ハッとしたり、ギョッとすることでマンネリ化した思考を顚倒(てんとう・転倒と同じ)することだ。

この発想を転換することによって、ものごとのありようは変わってくる。いや、ありようは変わらないのだけど、自分のありようが変わるので別のものに見えてくるのだ。

その第一歩がカラダの浄化であり、毎日の朝練である。ここから浄化=お掃除が始まる。カラダが浄化されないとこういう話もカラダのなかに入ってこないんだろうなあと感じた。ヨガが体操だと思っている人がギータークラスに出て、何言っているかぜんぜんわからず挫折というのはよくあるケースなのだけど、何年かたつとそれがわかるようになっているものだ。朝練を続けていると、知らず知らずのうちにカラダでインド思想を理解するようになっているのだと思う。それが「毎日やるのがアシュタンガ」なのさ。

坐禅もそうだけれど、ヨガはアタマではなくカラダで理解するもの。だから99%がプラクティスでセオリーは1%なの。1%の理論を99%の実践でカラダに染み込ませるとも言える。

理論と実践はぜひセットで受講されることをおすすめします。

CHAZENの「朝ヨガ」なら、どなたも安心して朝練を始められます。

www.chazenyoga.com


朝ヨガで柔軟性が高くなったり、運動機能が向上するのは「おまけ」であり、大事なのはカラダと感覚器官の浄化。この「浄化」を今日は抜けるように晴れた青空にたとえてみた。朝練のあとはココロもカラダも雲がなくなって青空がパーっとひろがる感じだから。

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下界は晴れていても浅間山は雪模様。