CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

長月の近況報告

意図したわけでも計画したわけでもないのですが、奇数月に東京でのマイソールや坐禅会を行っています。今月は、マイソール→陰ヨガ→ランチ会→星覚さんの坐禅会という、ほぼ一日がかりの日程でした。日帰りで東京に行き、その日程をこなすので例によってバタバタです。7月のときは、マイソールクラス後にみんなでお茶しながらゆっくりおしゃべりしたので、詰め込むとせわしないものだと実感しました。

その代わり、盛りだくさんの分だけ満足感もてんこ盛りでした。

そして、何をしても楽しい。

私だけでなく、参加した人たちが総じてそう思ったようです。みんなと一緒に練習すると楽しい。久しぶりの陰ヨガがよかった。みんなで食べるご飯がおいしい。みんなで坐るとやっぱりナニカが違う......などなど。

「みんなで一緒」といっても、おしゃべりするのは食事のときと坐禅後の茶話会だけで、基本は無言なのですが、楽しい感が湧き上がってくるのです。

そうはいっても、オンラインで会っているせいか、ぜんぜん久しぶり感がなくて、テンションはフツーなのです。なんでしょうかねえ。

それはそうと、東京へ行く数日前にタイミングよく琴浦町から梨が届きました。もちろん、東京に行くことをなっちゃんは知りませんでした。まさか、CHAZENなきあともみんなで琴浦町の梨をいただけるなんて......。しかも星覚さんにも食べていただけるなんて......。

箱を開けたら必ずチェックしに来るシューがいないことだけがいつもと違っていました。

chamico.hatenablog.com


もちろんみんな大喜びで、陰ヨガの前にフライングしてシャリシャリ食べちゃいました。いつ食べてもおいしい琴浦町の梨ですが、マイソールのあとはサイコーにおいしいのです。

なっちゃんにそのことを報告したら、喜んでいました。私はもちろん大喜びですが、送ってくれたなっちゃん琴浦町のご両親にはその喜びが喜びになっていることを感じました。贈り物とはかくあるべし、です。義理や社交辞令ではなく、ただ「今年も琴浦町の梨を食べてもらいたい」という純粋な思いで送ってくださるのです。

坐禅に通っているお寺やこちらでお世話になっている方々にもお裾分けできて、ただのおいしい梨ではない、あたたかい気持ちを回向できたことがまた私にとっての幸せでした。こんな私でも、前世でちょっとした善行をしていたに違いありません。

サンガの内容は当初から少し変わってきていて、11月にはさらなるリニューアルを考えています。来月はそのお知らせができるかと思います。


東京へ行く日の早朝、青灰色の富士山がきれいでした。稲ももうすぐ刈り入れの季節です。

お山はすぐに寒くなってしまいそう......

お山の文化事情

今年も暑い夏となりました。
移住したありがたさを最も実感する時節です。こちらでも日中かなり気温が上がりますが、たまに扇風機をつけるくらいで十分です。夏の体調不良に悩まされてきた身にとっては、漢方なくても普通に生活できることが夢のようです。

東京が恋しくなることはないのですが、東京だったらなあと思うことがひとつだけあります。それが図書館。

蔵書を増やしたくない私は、かなりディープに図書館を利用していたのですが、読みたい本を検索してもこちらの図書館にはまずありません。図書館の棚を見ても、広く一般受けする本しか置いていません。田舎の優れたところは人が少ないことなのですが、その分多様性も、専門的なニーズも少ないのです。東京は人の多さゆえにさまざまな需要があり、図書館のラインナップも充実するわけです。

とはいえ、<読みたい>本は読めずとも<読むべき>本は家にいくらでもあるので、無駄な読書をせずに済み、かえってよかったと今は思っています。

あとは、たまにトーハク(東京国立博物館)が恋しくなりますが、「たまに」なので、問題はありません。それに市内には「平山郁夫シルクロード美術館」があり、そこではトーハクのアジア館のような展示が見られました。規模は小さくても充実していて、トーハク並みにテンション上がり、すっかり上機嫌になりました。

西域の仏像はもれなくイケメン


音楽方面では、先日ミニコンサートの機会がありました。3月から地元のお寺で坐禅と朝課に参加させていただいているのですが、そのお寺でヴァイオリンの演奏会が開かれたのです。


住職があいさつで言われていたことには、先先代の時代には、隣にある小学校の勉強になじめない子どもが、お寺の畑を手伝ったり、果樹をもいだりしていたのだそうです。それ、今の時代に必要な「保健室」的存在だと思いました。かつてそうであったように、お寺が檀家さんを超えて地域のオアシス的な存在であったり、集いの場であったりしたらすてきです。そのための試みをなさっているお寺がさらに増えることを願っています。

音響とかそういうことは問題でなく、開け放たれた窓から時おり涼やかな風が通り抜けるお寺の空間で、バッハの調べを聴くのは心地よいものでした。さらに、演奏の間には朗読もあり、それがまたすばらしかったのです。石牟礼道子さんの「花を奉る」という詩でした。まるで舞台に立ってお芝居をしているかのような朗読が、とてもドラマティックな響きで胸に迫ってきました。

家に帰ってから、もう一度目でで詩を味わいたいと検索したら、朝日新聞のページが出てきました。詩とともに石牟礼道子さんのインタビューが載っていて、そこにあった言葉に惹きつけられました。

死と生はつながっていると思っています。ほかの生物の死に取り囲まれて、花が開く。私たちは、ほかの人たちの死によって生かされている。


その日はまたヒロシマ原爆記念日でもありました。

一年でいちばん暑いこの時期の、広島に始まり、長崎、そして終戦と続く黙祷の日々は、二度とあの悲惨な経験をすまいという誓いだと長年信じてきましたが、ほんの数十年でまた同じ過ちを繰り返すともわからなくなっています。

このブログでもときおり、そういう世界の、また日本の政治に対する怒りを露わにして、ひとりでも多くの人に行動してほしいと願ってきましたが、仏道を学ぶうちに考えが変化してきました。社会を、世界を変えるためになすべきことは何であるか。そんなことを新しい視点で考え、実現していきたいと思っています。

......といつの間にか話が逸れてしまいましたが、自然のなかにどっぷり浸っている毎日では、こんなちょっとした「文化」の風が、とても心地よい刺激になります。外が暑い間は主に家の中で書物と向き合いつつも、山を歩き、生き物を愛で、自然のなかで暮らす歓びを味わう毎日です。

失われた時を求めて

禅の旅の余韻に浸っていた6月も終わり、梅雨明けを前に猛暑の毎日です。私の住んでいるところは山の上、森の中なので麓の村から上がってくるとかなり涼しいです。家の中も1階はひんやりしているので、もわっとしている日に扇風機をつけて空気を動かすくらいで過ごせています。何よりエアコンをつけない(そもそもない)ということがありがたいです。東京では熱帯夜が続くと、エアコンで体調を崩すことが多かったからです。

きのうは1年ぶりに里帰りしてきました。分校からは1時間で行けていたのですが、ここからだと3時間以上かかります。それでも高速道路を通らずともすいすい走れる山道は気持ちよく、景色も楽しめてなかなか楽しいドライブになります。そして犬がいないので気軽に宿泊施設に泊まることができます。以前から気になっていた小さなホテルに空室があったので、泊まってきました。

実家があったころは、帰ると朝早くモネの庭を模した池まで行って犬を放っていたのですが、先日そこで撮った動画を見ていたこともあり、久しぶりに思い出をたどるように散歩してみたくなりました。人工的に作られたドッグランでは絶対走らないシューですが、そこは自分の庭のように駆け回るのです。はしゃぎすぎて池に落ちたこともありましたね。

そんなことを思いながら歩いていると、傍にシューがいるような気がしてきました。脱兎の如く駆け回ったり、置いていかれないかチラチラこちらを気にしながらも縦横無尽に走り回るシューの姿が蘇ります。涙はたくさん流したほうがいいので、誰もいないことですし、思い切り泣きながら歩きました。

時間が早すぎて睡蓮はまだほとんどが蕾のまま。

だいぶ草に覆われてしまっている......


なんというかけがえのない時間だったことか。
そして、なぜ人はかくも、愛しい存在との時間が失われることを嘆くのでしょう。

何千年も前から、人は同じ嘆きを味わい、その苦しみから解き放たれる道を求め、ついにお釈迦さまの悟りへとつながっていったのだと思うと人間の根本はそのころから変わらない、千年という時間はほんの短い時間でしかないことを思い知らされます。実際、宇宙スケールで考えてみれば、それはほんの瞬間にすぎないわけです。

これまでもお釈迦さま推しだった私ですが、原始仏典のクラスを始めてから、今まで以上にお釈迦さまの説かれたこと、お釈迦さまの在り方の偉大さを知り、ますます仏教の教えに魅了されています。また、最初にそれらを読んだ十数年前も深く感じ入っていたつもりでしたが、今思えば理解がまったく浅かったことに気づき愕然とします。

これから続く暑い夏の間は、ひんやりした室内に引きこもってインド思想の学びを深めたいと思っています。

以上、近況報告ならぬ心境報告でした。
みなさまもどうぞ御身御大切に、この夏を乗り切ってください。

水無月の近況報告

大好きな新緑の季節が終わり、梅雨がやってきて、庭の木々も雑草も伸びたい放題です。

小さなバラの木にはどんな花が咲くのかと思ったら、梅のような白い花でした。

枝には「いかにも」なトゲがあるのでバラかと


うっかり昨日が更新日だったことに先ほど気づきました。ということは......シュー理事長の月命日も忘れていたということです。シューのことを思い出さなかったわけではないのですが、ブログと結びつきませんでした。

というのも、先週禅の旅から帰ってきて(そのときは12日に更新ということは頭にあったのですが)、やるべきことが積み上がったため、意識がそちらに集中してしまっていたようです。

6年ぶりとなった禅の旅は、出だしから大雨により交通に影響が出る状況でハラハラさせられたものの、ふたを開ければすべてきっちり予定どおりに進行したばかりか、参加者全員が摂心体験という目的をたいへん優秀な結果で果たし、実りの大きい旅になりました。

天龍寺では、うれしい出会いもありました。
このブログを読んでいてくださった福井のアシュタンギが、天龍寺坐禅をするようになり、私たちの滞在中会いに来てくださったばかりか、CHAZENのサンガにも参加してくださったのです。ご縁を感じたとのことですが、禅のご縁とは願ったり叶ったりです。

コロナ禍を経て永平寺は少しだけ変わったような印象を受けましたが、12年前にもいらしたお坊さんの顔をお見かけしたりして、声をかけたいようななつかしい気持ちになりました(かけていませんが)。

さらに兵庫のお寺で二泊したあと、鳥取まで足を伸ばし、いつも梨を送ってくださる琴浦町なっちゃんに会いに行きました。二人の子どものいるお母さんになっても、思い描いているなっちゃんそのままでほっこり。禅の旅の終わりに、禅の旅のOGに会いに行くなんて、われながら気が利いていたと思います。旅のよい締めくくりになりました。

遡って5月には、東京でマイソールクラスと星覚さんの坐禅会を行いました。マイソールの会場から坐禅会の会場まで、みんなでお散歩したのですが、それはシューと私がかつてよく散歩した道で、そこをみんなと一緒に歩いたことがなぜだかとても嬉しくて、そのあとみんなで食べたカレーもおいしくて、楽しい東京でのひとときが胸に刻まれています。

坐禅会は畳のお部屋を借りたので、とても新鮮な気持ちがしました。CHAZENではいつも床の上に敷物を敷いて坐禅していましたから。ちょうど午前中鎌倉の円覚寺にいらしていた星覚さんが、円覚寺管長の横田老師から聞いたばかりのお話をしてくださったり、横田老師が書かれた絵本を読んでくださったりして、和やかな禅的リラックスタイムになりました。

横田老師が毎日アップしている日記&YouTubeにも登場しています。

www.engakuji.or.jp


神楽坂のCHAZEN10年の間で、外部からおよびした講師は実は星覚さんだけでした。最初は、大きな会場を借りてのワークショップなども考えたことはあったのですが、実現したことがないばかりか、やがてその必要もないと気づき、オーガナイザーの話もお断りするようになっていました。

こうして今なお、オンラインで坐禅会ができ、禅の旅に行くことができたご縁に感謝するばかりです。そして、長い間「シューさん第一主義」できたので、こうして自由に旅をして、大切な学びや学びのための刺激が得られるのがとても有り難いのです。それで、やること山積みなのです。

問題はこのモチベーションをいかに継続するか。
サンガのみなさんと共有しつつ、精進を続けたいと思います。

永平寺の「お香時計」と「かおるちゃん」

新緑三昧・探索三昧

お山はいちばん美しい季節となりました。

朝はまだ薄暗いうちから始まる小鳥たちの囀りで目覚め、オンラインマイソールの前に自分のプラクティスをひととおり済ませます。冬の間は、この時間を薪ストーブに捧げていましたので、暖かいということがなんとありがたいことか。

とはいえ、まだ最低気温は3〜7℃くらいなので、早朝坐禅のために自転車で山を下りていると、手はかじかんできて耳はちぎれそうになります。帰りは上りで汗だくという極端な差ですが、南アルプスの山々が最高に美しく、毎日「なんていいところなんだろう」と幸せを噛み締めながらの自転車通寺を楽しんでいます。

本来ならば今ごろは来シーズンの薪作りに精を出しているはずなのですが、注文していた原木が届きません。供給が足りないと聞いていますが、さてどうなることやら。それで近ごろは作業の手をゆるめて、山の冒険を楽しんでいます。お寺の帰りには知らない道を通って、自転車で裏道を開拓したり、滝や渓谷を探索したり。いつか登山もしてみたいので、少しずつ足慣らしです。

清流を渡る


自転車で坂を上っていると脚力が衰えたことを実感します。シューが歳をとるまではいつも一緒に山をぐんぐん上っていたのですが、いつしかそれもなくなり、コロナもあってすっかり弱ってしまったようです。人生は山あり谷ありですから、思うようにあれこれができない時もあるものです。でも、それを言い訳にして怠けていると、ほんとうに衰えてしまうという危機感もあります。いつまでも若いままでいたいというのは不自然なので、エイジングにアンチになる必要はないと思っていますが、怠けてゆるむのもまた不自然のような気がします。じきに梅雨に入ったり、猛暑がやってきて自転車にも乗れなくなりそうなので、せめて気候のいい今のうちに探検を楽しんでおきます。

シュー理事長がお空に上ってから半年、移り住んだ場所はとても気に入っているのですが、早くも次はどこに住もうかなどと妄想しています。私は新しい環境にストレスを感じるタイプではなく、むしろ未知の場所が好きなので、短いサイクルでいろんな場所に住むのもいいかもしれません。渡り鳥みたいに、あるいはスナフキンみたいに季節ごとに居場所を変えるというのもありかなと思います。

そんなことを妄想できるのも、インターネットが通じてさえいれば、どこにいてもCHAZENサンガにつながるという、空から降ってきたような新しいCHAZENのカタチゆえでしょうか。

それでもやっぱり、直に会って、顔を見て話すのがいちばんです。今月は星覚さんが東京に滞在するのに合わせて私も上京し、マイソールと坐禅会を行います。みんなでランチするのも楽しみです。それこそまさに「オフ会」。毎日顔を合わせていた人たちとのランチがオフ会になる日がくるなんて......。

6月には、6年ぶりの「禅の旅」スペシャルもあり、来月はそんなこんなのご報告ができるかと思います。

田植えが始まった

春爛漫の山暮らし

3月に入ってから暖かい日が続いて、4月まで寒いのを想定していたのでやや拍子抜けです。とはいえ、特に朝晩は平地よりずっと寒く、3月に厚着のまま東京に行って「いかにも地方から来た人」の気分を味わいました。

東京では、マイソール、そして呼吸とアーサナのワークショップを行ったのですが、ひさびさなので、なんだか「初めてのヨガクラス」に行くようにドキドキしました。CHAZENの外でCHAZENの人たちの練習を見るのも新鮮でした。知らない人は誰一人いないし、やってること、言ってることはいつもと同じなんですけどね。

こうしてリアルで集合するのはいいものです。終わったあとにみんなでランチに行くのも、なんだかCHAZENの初期のころを思わせるなつかしさで、いろいろが目新しく楽しい一日でした。

東京は桜が咲いていましたが、こちらの桜も3月中に満開になり、ご近所に桜の名所がたくさんあるので、自転車のトレーニングをかねてあちこちお花見に行きました。有名なところは降って湧いたように人が押し寄せていましたが、そうでないところは静かで、お花見会場独り占めでした。人口に対してダントツに花が多い印象です。

こんな広いところに私ひとりって......


今はソメイヨシノが終わり、先日は東京から来たサンガのゲストと一緒に枝垂れ桜を堪能しました。もう桜も終わりかと思いきや、今度は家のまわりの山桜が満開になっています。と同時に木々が一気に芽吹いてきて、「だるまさんがころんだ」的に枯れ野から新緑へと変化していくさまに目をみはるばかりです。冬の厳しさがあるからこその春爛漫。古来より、それが人々の慰めやら励ましになっていたのでしょうね。この先都会に住むことは考えられません。

などと言っているうちに今度は虫も活発化してきたので、今のうちにと庭の開拓に精を出しています。ほんの小さな庭ですが、しばらく放置されていて、昨年は足を踏み入れることすらできませんでした。因果なもので、軽井沢でも最初は庭がジャングルでした。それに比べたらかわいいものですが、狭くてもジャングルはたいへんです。夢中になって没頭するので、ちょっとした瞑想タイムにはなりますが。

シューがお空に行ってから5カ月がすぎ、もはやシューのお世話をしない日常が当たり前になりましたが、ときどき話しかけては寂しさが込み上げます。それでも、目の前のやるべきことが多すぎて昔の写真を見てなつかしんだりする余裕がなく、無駄に感傷にふけることがないのは幸いです。たぶん、いちばんの薬は忙しくしていることなのだろうと思います。

最近よく思うのは、人生で何を選択しても結果は同じなのではないかということです。よかれと思って選択したのにうまくいかなかったり、成り行きでそうなったけれど思いの外長続きしたり......。どんなカードを引いても、それを大事にしてなかよくしていけばいいだけなのかもしれないと。時は移ろい、世の中も大きく変わってきています。その波に乗れずにいる自分を感じながら、ゆっくり回向返照の退歩を進めたいと思います。

ともあれ、サンガの活動は地道に堅調に続いております。理事長の許可が下りずに長いこと実施できなかった禅の旅も復活に向けて調整中で、これまでになく濃い禅の旅が実現しそうな気配です。

近所のピザ屋のヤギさん。攻めの食いっぷりが理事長を思い出させる

もっと困ろう2023

このブログの右カラム(スマホだといちばん下)に表示される注目記事の欄に、もう長いこと「もっと困ろう」がランクインされています。アップしてから1年にもなる記事で、直接的にアシュタンガやインド思想に役立つものでもなく、検索されるような内容でもないのに、見てくださる人がいるのです。それをうれしく思っていました。

chazen.hatenablog.com


東京を離れたのは、まさに「もっと困ろう」と思ったからです。すでに困ることは山のようにあるのですが、先日、このとき感じたものに近い「困った」出来事がありました。

その日は朝から何かが少し狂っていました。
地元のお寺で坐禅会の日だったのですが、坐禅の開始が6時なのに、なぜかそれを家を出発する時間と勘違いしていたのです。6時に家を出て、ちょうど朝日が差していた甲斐駒ヶ岳にうっとりし、車を停めて写真を撮ったあと、早めに出たから余裕だなと思ったその瞬間に時間を間違えたことに気づきました。当然、大遅刻です。

月まで出ていたら撮りたくもなる


せっかく里に下りたので、坐禅会のあとでスーパーに買い出しに行きましたが、まだ9時の開店前でした。一応Googleで確認すると「まもなく開店」とあったので、近くを少しドライブしていたら、なぜかとんでもない方向に走っていて、キツネにつままれたような気になりました。仕方なく役立たずのナビを作動させてスーパーに戻ると、まだ閉まっています。なんと冬期は10時開店とのこと。

ならばと、近くにモーニングをやっている気になっていたお店があったので行き、駐車場に車を停めたあとで、何も食べたくないことに気づきました。そりゃそうです。さっきお寺でお粥をいただいてきたのですから。

なんという日でしょう。なにもかもが少しずつ掛け違っています。仕方ないので、また車を走らせて少し離れた別のスーパーへ行き、そこでは用が足らないので再び最初のスーパーに戻りました。そのほかあと2箇所に立ち寄って用を足そうとしましたが、いずれもカラ振りでした。

やれやれ、なんて日なんだと家に着いて、車を庭先に停めるためにバックしていたら、今度はなんと大きな石に乗り上げてスタックしてしまいました。ありえない失敗です。普通なら石に乗った時点で異常だと気づくはずですが、なぜかそのまま石を乗り越えてしまったのです。

さて、どうするか。毛布など使ってなんとか脱出できないかと思いましたが、車の腹が一部石に触っているので、ヘタに動かすのはやめ、ヘルプを頼むことにしました。上のKさんに近くの自動車屋さんを教えてもらいに行ったら、すぐその場で電話してくださいました。状況を説明すると、四駆に入れれば脱出できるはずだと。ではトライしてみますと電話を切って準備していると、Kさんがやってきて一緒にリスク回避の準備を手伝ってくれました。

おそるおそるやってみると少し車が動いたのですが、後ろで見ていたKさんからストップがかかりました。燃料タンクに触りそうだと。ボロ車なので多少の傷は気にしませんが、ガソリンがこぼれるのはヤバすぎるので、プロに出動願いました。

そうこうしているうちにKさんの奥さんも来て、現場を見て「あーあ」と。「こんなことする人いませんよね?」と言ったら「いない」と即答されてみんなで大笑い。「やらかした」こともシェアする人がいると笑い話になります。この事件はきっとKさんちの酒のアテにもなることでしょう。

すっかりKさん夫妻を巻き込んで、テラスでお茶を飲みながら整備工場の方が来るのを待ちました。おかしな話ですが、そのとき「困ってよかった」と思ったのです。ご近所さんはみな首都圏から来た方たちなので、ふだんは干渉することがありません。私もできるだけ何でも自力で解決するタチなので、かかわり合いができたことがうれしかったのでした。

30分ほどで車屋さんが来て、「たぶん行ける」と何の道具も使わずにサクッと脱出成功。どきどきしましたが、あっけなく困ったことは解決しました。こんなことはザラにあるそうで(私だけじゃなかった)経験上わかるんですね。プロはすごい。しかも、請求は?と言うと、いいですよと。ほんとうに地元の人がいい人ばかりで驚きます。

オンボロ車はメンテナンスが大事なので、ちょうど点検整備をお願いする自動車工場を探そうと思っていたところです。お仕事の依頼でお礼させていただくことにしました。これもまたご縁です。こういう恩義があれば、整備代も気持ちよく、ありがたくお支払いできます。以前はJAFの会員で、こんなときはJAFを呼んでいたのですが、再入会せずよかったです。会員だったら困れませんでしたから。

そんなわけで「もっと困ろう」が現実になっています。一部ですが「お金で解決しない」生活を実現できています。もちろん、どうしたって多少のお金はないと生きていけませんが、幸いにもサンガのみなさまから受講料をいただいて細々と生きています。それをありがたいお布施と思って、そのお布施に恥じない生き方をしたいと思うばかりです。

シューを失ってから、何のためにここに来たのか、何のために困難な道を選んだのかと、前向きだった気持ちが一瞬で萎えてしまいました。萎えた気持ちになんとか折り合いをつけながら、ただ目の前にあることをやっつけるように暮らしていますが、今回のことで「そうだ。困りたかったんだ」と再確認してすっきりしました。同時に今自分がなすべきことまで見えるようになり、またひとつシューちゃくを手放すことができたように思います。

実を言うと、シューちゃくは手放したくないのです。でも、どんなに愛おしいシューでも、執着は執着。他の大事なことを見えなくさせてしまうのですね。シューはきっと、こんな私を空から見て笑っているでしょう。

ちょうど昨日、シューの遺骨を海洋散骨したというお知らせが動画のリンクとともに届きました。シューちゃんは、私がスキューバダイビングで愛した海の一部にもなったのです。空にも海にもどこにでも、シューはいるのです。

今日も朝から小鳥たちが美しい囀りを聞かせては、「かわいいのはシューちゃんだけじゃないよ」と教えてくれます。生きとし生けるものすべてを慈しみながら、謙虚に生きたいと思います。

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