CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

禅と仏教

成道会と食べる禅の会

先月いただいた刺し子のパッチワーク、参加者の名前リストに「星覚」の文字を見つけたときは、のけぞって笑った。この夏は星覚さんとは一度坐禅会をやっていただいたきり会えずじまいだったのだが、快く縫ってくださったばかりか、自ら届けにきてくださった…

無念無想ということ

「無念無想の境地とはどういうものですか?」坐禅会でよく出る質問です。無念無想になれないから私はダメとか、無念無想の境地に興味津々とか、坐禅を習ったら無念無想になると思っているとか、人それぞれにこの言葉を意識しているようです。 私自身の経験で…

二つあったら迷いになる

民主主義の現代日本においては、好きなように自分の生き方が決められる。職業も、結婚も離婚も、子どもを持つか持たないかも、自由意志で選ぶことができる。もしその選択の自由がなかったとしたら、私などはもう暴れまくって抵抗したに違いないと思うのだが…

人の話を聞くという布施行

先日の茶禅会での私の布施行は「話を聞く」というもの。これまでは何かを話すというお布施だったので、人の話を聞く側になる修行をしてみることにした。常にみなさんの話を聞きたいと思っているのだけど、あまり自分の話をされない人が多いのだよね。もし私…

ヨガは宗教か

「体を動かしたいだけならホットヨガのほうが安くていいぞ」 ちょっと前、一日一語の掲示板にそう書いておいた。これけっこう本気でそう思っている。というのも、フィットネス的なヨガをしたい人に、決して安くはない月謝をいただくのは申し訳ない気がするの…

8度目の3.11がめぐってきた

もう8年にもなるのか。 朝一の坐禅を早めに切り上げて、犠牲になった方たち、今も苦しんでいる方たちに思いを馳せて読経。誰かのために祈るときの定番となった「念彼観音力」の普門品偈などいくつかを読みながら、被災した人たちの味わった恐怖、寒さを思う…

春と修羅の摂心

ふと、なんなら一人摂心ができそうな気がしてきたので、ムーンデイを利用しての一日集中摂心を決行。摂心といってもわりとユルいものから、泣きそうにキツいものまである。一人でやるということは、簡単に挫折も可能である。途中でゆっくり休憩なんかしたら…

おへチャは、おへチャで、おへチャ仏

今月3回目の平日茶禅会、茶禅会としては今月4回でお寺さん並みの頻度です。お布施としたことで、心置きなく、じゃんじゃかやれます。金銭的な利益がなく、義務も義理もない布施行だと思うと、こんなにも明朗な気持ちでできるんですね。私自身の修行ですから…

クソの役にも立たん

本日の一日一語。 慣れた坐禅はクソの役にも立たん。いつでも真新しの坐禅をしなければならぬ。 昨日この言葉に行き当たったとき、背中を打擲された気がした。まるで不意打ちの警策のようにズシンと響いた(不意打ちの警策はありませんが)。自分の慢心を思…

本来無一物

過日、星覚さんの書いた「本来無一物」のカードを一日一語として出しておいたら、CHAZEN生たちから「なんと読むのか?」「どういう意味か?」と質問された。おっと、こいつはうっかりした。読み方は<ほんらいむいちもつ>、意味は、CHAZENに貼っておいたカ…

布施行はじめます

ごく一般的な葬式仏教文化で育った私は、仏教について学ぶまで、お布施というのはお坊さんにお経をあげてもらったり、法事を執り行なってもらったりしたときのお礼だと思っていました。多くの人にとってこれが共通認識ではないかと思います。しかし、本来の…

星覚さんのサシガネであった

世の中は、目に見えないものに操られているのであーる。 昨日、星覚さんに「実は昨日澤木老師の本を買って......うんぬんかんぬん」と先日のブログに書いた話をしていた。chazen.hatenablog.com ......ら!実はあの本、星覚さんの提言でできた本だって。いや…

「一日一語」始めます

シュー部長を散髪に預けて有楽町へ。 ムダに歩いてムダな物を買わないよう本屋をのぞいてたら、『禅に学ぶ人生の知恵 澤木興道名言集』ディスカヴァー刊が目にとまった。今はとにかく本を増やしたくないので、この手の二番煎じ的な本は買わないことに決めて…

新しい年に

ヨガというのはただのいのちとなって「今ここ」に存在するプラクティス。 ですが、ま、私自身がなっとらんことを痛感した出来事がありました。今日のギータークラスで輪読の際、「落着き」を「らくがき」と読んだ人がいて、一瞬納得したあとに「ん?」......…

即効性最強のマントラ

♪タリラリラーンのコニャニャチハ。きょうもノーテンキなちゃみこ&シューでございます。 きょう図書館で禅関連の棚を見ていたところ、『これでいいのだ』という野口法蔵さんの書いたちっさな本に気づいた。3年近く前に参加した法蔵さんの主宰する坐禅断食の…

仏となるに、いとやすきみちあり

ホリデイシーズンとなり、今朝はイギリス在住の方がマイソールに参加してくれた。シュー部長に会うのが楽しみだったのですって。部長、案外というかまったく意図せずにだけど、国境を越えて営業活動しているわね。そういえば、働き方改革などでお正月の営業…

仁義なき戦い

昨年から禅やインド思想のクラスに参加するようになったO嬢は、その影響で、実家に帰れば家族から「仏様のようになった」と言われ、学会発表に際しても緊張することなく、いじわるな質問にもさらっと対応できるようになったという、気づきの名人である。O嬢…

食べる禅WSと坐禅会

どんな方でも気軽に禅の体験を、ということならば、坐禅よりも、身近な食事を通じた「食べる禅」でしょう。というコンセプトでワークショップを企画したのだけど、なぜか初めての方に敬遠されて、集まったのはいつもの禅のメンバーさんたち。北から西から福…

坐禅と玄米にたいした違いはありません

伝えたいことがありすぎるのは、自分自身の未熟さゆえ。 自分が実践し、ただそのように生きていればおのずと伝わるはずだけれど、半人前だから言葉を使って、なんとか伝えようともがいている。言葉に定義はあるけれども、伝わるニュアンスはひとそれぞれ。 …

ついに、CHAZEN米が

長い長い改修工事が終わって、ようやくCHAZENに空が戻ってきましたよ。都会でも空さえあればなんとか CHAZEN米もやってきましたよ。なぜか袋は「みやぎ米」 さっそく炊いて、まずは献膳です。紅白のぬか漬けを添えて 五観の偈を唱えていただきます。 さて、…

発酵と贈与経済

静かな個人的発酵ブームが訪れていることはあっちのブログに書いたけれど、過日、発酵と仏教が通じている話を星覚さんへのメールにちょこっと書いといたんですわ。そうしたら星覚さんから、小倉ヒラク著『発酵文化人類学』木楽舎刊がおもしろいとのお返事が…

なくても大丈夫

先週の茶禅会で提案し、本日、久しぶりに粥坐の会を開催しました。坐禅の前にはみんなそろって永平寺式の雑巾掛けを。これをやってから坐ると気分が違うのです。そして、みんなでやるとあっと言う間にきれいになります。坐禅のあとに、これも永平寺式の作法…

なんでもなーい!

先日、図書館の入り口で、小さい子どもを二人連れた若いお母さんと、歩行の補助用カートにつかまっている80代くらいの女性が立ち話をしていました。「子育てなんか、なんでもなーい!」年配の女性がカラっと言いました。 「子どもなんて、すーぐ大きくなっち…

茶禅会とそうめんパーティ

本日は茶禅会でした。この会では、坐禅して、正法眼蔵随聞記を読み所感を述べてもらうのですが、みなさんのコメントは至極まっとう。ひねくれたコメントもないし、自説を延々述べまくったり、理屈をぐりぐりこねくり回すような人もいない。「上澄み」な人た…