CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

インド思想

淋しいおさかな

淋しい。淋しい。 夢に出てきたおさかなが涙を流します。淋しいってどういうこと? 女の子は聞きますが、おさかなはただ泣くばかりです。女の子は答えを見つけるために旅に出ます。 やっと海にたどり着いたけれど、 ずっと女の子を待っていたらしいおさかな…

最初で最後の最初と最後のギータークラス

本日は昨年からの第6期ギータークラスの最終回であったが、そこに23日からスタートするダイジェスト版ギータークラスのイントロをくっつけるというすごい荒技を考え出したちゃみこさん。それはないよねと自分でも最初は思ったけれど、そうでもないか? 意外…

差別と偏見について考えたら思い出したこと

見た目問題に関する写真展を見に行った。差別と偏見について考えた。 偏見とはなんであろうかと考えた。浮かんできたのは、脳性まひだった父の弟のこと。 生まれつき体が不自由で、後半生は寝たきりとなり、祖父母と前後して他界した叔父は、おじさんという…

つながることの喜び

昨日「インド思想とヨガ、そして仏教」の座学クラスを終えたら、夕暮れには疲れて眠くなり今朝はアラーム鳴っても起き上がれないほどだった。どうやら「気」を使い果たしたとみえる。つい2週間ほど前に思いついてから、今私が最も伝えたいことをどういう形で…

コトバという便利で不便なもの

CHAZENのヨガ哲学や禅のクラスは単なるヨガ人の教養や知識として行っているのではなく、プラクティスを通して私たちが向かうべき方向を間違えないよう、古代から伝わる教えをコトバを介して伝えようとする試みである。もちろん、その理には知りたいという好…

座学特別クラス「インド思想とヨガ、そして仏教」

今年の「バガヴァッド・ギーター」クラスはお申し込みも入ってはいるのですが、開講するにはまだ十分な人数に達していません。それで開講を3月以降に延期して、再度募集することにいたしました。初回に予定していた19日は、ギータークラスの代わりに、どなた…

ヨガと禅の間

日本の学者先生が書かれたインド思想方面の本を読んでいると、必ずや仏教との関連に言及されるのが興味深い。ウパニシャッドに関する本に、「自己(アートマン)が不生不滅、常住不変であるというウパニシャッドの記述に関して、それがお釈迦様の説いた非我…

リニューアルのスートラクラス、そして朝ヨガ

2年と8カ月でようやく『ヨーガ・スートラ』1章〜2章までを読み終えました。 特に昨年からの第2章は、サーンキャ哲学からアシュターンガヨーガ(八支則)までが、短い経文の中で濃く説かれていて読み応えのある内容でありました。私のハイライトは昨年、サー…

2020年の「バガヴァッド・ギーター」クラス

6期目のギータークラスはこれまでで最も受講者が少なかったです。 毎年、最初は大人数でだんだん減っていく傾向が強かったのですが、最初から少なかったのは初めてでした。単にCHAZENだけのことなのか、ヨガの思想に興味を持つ人が減っているのか、どうなの…

いつも心に安らぎを

このところ、少しばかり心身を消耗していた。 新しいことを始めるときは流れが変わる。淀んでいたときならばよい刺激になるのだけれど、順調に流れているときはそこから不調和などの好ましくない変化も生ずるものだ。覚悟して決めたことなのに自分を疑ってい…

私とは何か

すっかり書きそびれていたが、先月「本のフェス」のイベントのひとつとして漱石山房記念館で開催された講演を聴きに行った。茂木健一郎さんが漱石について語るという講演だ。リアル茂木さんを見たのはたぶん初めて。何も期待を裏切らないそのまんまの人で、…

チャンティングは覚え歌

飛び飛びで開講となった「入門ヨーガ・スートラ」のクラスが昨日で終了しました。最後まで参加された方は、やはりこのクラスでの学びが実生活に結びついて、ものの見方、考え方の変化に手応えを感じているのだなと感じました。中でもシャウチャ(清浄)、サ…

難関の2年を越えて、新しく始まるスートラクラス

昨日でヨーガ・スートラの第二章前半が終了。 いつものシェアタイムに今年の学びをそれぞれ発表してもらいました。中にはビミョーに「ん? それなんか違うぞ」と思う理解もありましたけれど、全体的に私の意図した「アシュタンガヨガを続けていくための指標…

出会うというカルマ

第6期「バガヴァッド・ギーターを読む」の初回クラスは、史上最小規模でスタートした。だいたい初回は大入りだけど、残る人はわずかというパターンなので、今期は堅実に進むのかもしれないな。今日はかつて公民館でやっていた”チャミソール”時代の方が参加し…

歩んできた道のりを実感するとき

スートラクラスの船は、第二章の難所真っ只中を進んでおりますが、もはやクルーたちにとっては難所とはいえない模様です。今や、どんな浅瀬や急流も、すいすい手慣れた舵さばきで乗り越えられる。それで、ほとんどはギータークラスからの持ち上がりですから…

新しい年に

ヨガというのはただのいのちとなって「今ここ」に存在するプラクティス。 ですが、ま、私自身がなっとらんことを痛感した出来事がありました。今日のギータークラスで輪読の際、「落着き」を「らくがき」と読んだ人がいて、一瞬納得したあとに「ん?」......…

東京の空に思う

冬は早朝(つとめて)。 というだけに、今時分は朝6時半前後に空がとても美しく染まる。その刹那に練習している人に贈られるあたたかいエール。きょうも早起きしてよかったね。昨日、その時間が過ぎたあと、空に橋をかけるような雲が赤く染まっていた。虹み…

アシュタンガヨガは「目覚め」を遠ざける?

年内最後のヨーガ・スートラクラス。 本日学んだスートラが、「なんじゃそりゃ???」的な、解説なしに理解できたらもう参加しなくていいレベルの難しさであり、目が半開きになってきた人も......。が、難所を過ぎて、要諦部分にさしかかるや、人々は眠気よ…

ゆるされているし、解放されている

練習が終わったあとの帰り際、練習生たちが入り口で部長におやつをあげている。それぞれ思い思いにコマンドを出したり、「どっちの手に入ってるか?」などなさっている。Y嬢がマテをさせている。「ヨシッ!」という声が聞こえる。最後横になって休んでいると…

魂の成長で発酵するクラス

難しいとは言わせないと大見得を切った昨日のヨーガ・スートラクラスでしたが、結果は概ね良好で、どうやらサーンキャの二元論が各人の中にすーっとなじんでいった感触がありました。いやね、わからなくてもいいんです。 こんなの知らなくたって、全然問題じ…

休み明けのCHAZENあれこれ

素敵な休日を過ごしたあとは、いつものCHAZENの朝。やっぱりCHAZENの朝練は落ち着くなあ......。 休暇でエキサイトして仕事でリラックスという、あっちもいいけどこっちも好きよ的な、なんともありがたい我が身の上でございます。みなさんそれぞれが、それぞ…

気づきのシェアタイム

入門じゃない方のヨーガ・スートラクラスでは、前半が講義で、後半はお茶を飲みながらの「気づきのシェアタイム」にしています。最初のうちはあまり活発な発言がなかったのですが、徐々に興味深い発言が出てくるようになりました。先日a嬢がシェアしてくれた…

足るを知る

本日の入門ヨーガ・スートラのテーマは、アパリグラハ(不貪)について。 必要以上に所有しない。貯め込まない。貪らない。ということです。これまで取り上げたヤマ(禁戒)のアヒムサー(傷つけない)、サティヤ(嘘をつかない)、アステーヤ(盗まない)な…

カルマヨーガの極意

マイ田んぼのSOSA PROJECTでは、毎月第一土曜日に地域の草刈りや木の伐採など環境整備をお手伝いする里山活動を行っているのですが、遅ればせながらCHAZENもきのう初めてその活動に参加してきました。ボランティア活動は人気ないと思いきや、カルマヨーガの…

林住期の楽しみ

生やしてる白髪が伸びてきて、鏡を見ては「かっけえ〜」と悦に入ってるワタクシ。なぜ白髪が忌まわしいものだと思っていたのか不思議だ。いらないもの、いらない考えを捨てていくと人生はますます楽しいものになる。夜明け前に犬と散歩していたら、急に「あ…

まずアシュタンガ、次いでインド思想

最近、インド思想クラスのことについてあれこれ考えていたのですが、先日のスートラクラスにて「ここで私が伝えたいことがすんなり伝わるのはある程度の価値観というベースを共有できているからだ」と実感したのでした。つまり、そのベースがないとまったく…

欲がなくなると、欲に気づく

人間の欲について考える日常を送っていると、欲も実にさまざまあることがわかる。かつての自分は、常に「ひとかどの人間」になろうとしていた。それは多くの人が持っているであろうごく普通の、人間としての中身を充実させたいという欲望であり、それを向上…

自我意識林高美から薄美へ

人間は人からほめられると喜び、けなされると不快になります。人からどう見られるかという評価を気にしたり、誰かに認められたい、わかってほしいという思いがあります。それは<私>という意識、つまり自我意識があるからなのですね。以前書いた私の悩みも…

なんでもなーい!

先日、図書館の入り口で、小さい子どもを二人連れた若いお母さんと、歩行の補助用カートにつかまっている80代くらいの女性が立ち話をしていました。「子育てなんか、なんでもなーい!」年配の女性がカラっと言いました。 「子どもなんて、すーぐ大きくなっち…

インド思想が視点を変える

さて、前回の続きです。chazen.hatenablog.com前回は「今、ここで、この時に在る」実践をすることが考えすぎ傾向の人に有効だと書きましたが、私の場合はその実践の背後にある思想を知ることで終わりなき堂々巡りの出口が見えてきて、より平穏な毎日がもたら…