CHAZEN三昧

アシュタンガヨガと禅のある毎日

CHAZEN断ちでもたらされるもの

ごきげんよう
ガテンな仕事は雨が休業日。52日目の山籠もり日記です。

植物たちは雨でうなだれていますが、同時にエネルギーを蓄えてまたひとつ成長していきます。

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オオデマリの花が白くなってきた


今日の雨は明日のパワー。目に見える事象に惑わされずに、内側にある光を感じていきましょう。
......とまだギーターの余韻が残る朝は、ちょっと贅沢にストーブを焚きながら雨を楽しんでいます。

オンラインクラスのあと、久しぶりに座学のあとの充足感がありました。それで気づいたのは、私は伝えたいことが伝わったという満足感を糧にしてこの仕事を続けていたのだという事実です。CHAZENが休校になってから、しばしば「自分はこれでいいのだろうか?」という問いかけが降りてきたのですが、それは他者からの手応えを感じる機会がなかったことも関係あるのだと思われます。

人の役に立つこと、誰かを喜ばせることは大きな仕事のやりがいであり、多くの人がお金よりもこういう「報酬」のために仕事をしているのではないかと思います。特に日本人のそういうところが好きです。

「しかし、ちゃみこよ。人の反応によって得る満足感は自我を喜ばせているにすぎないぞ」

自分がニセモノだと思う瞬間です。
高額な受講料でスピリチャルな道を説く自称グルをいぶかしく思う前に、自分のインチキに気づけ、です。

やりがいを感じること自体はすばらしいことですが、それを期待すべきではないのです。自我を満足させるのではなく、為すべきことを為したという満足であれば、いつも安らぎくんとともに在ることができます。

それに気づいたら「なんにもしない」「なんにもならない」朝の坐禅がいちだんとすがすがしくてたまりません。

断食をしたあとにいただく食べ物が五臓六腑にしみわたるように、断CHAによってさまざまな気づきがもたらされることでしょう。そのひとつひとつを大事にしながら、いまを生きていこうと思います。


日曜のギータークラスのあと、チップとデールのカフェでくつろぐニセモノでありました。

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いや、案外「為すべきことを為した」満足だったかも


それではまたそう遠くないうちに。