世間的には3連休となった先週の金曜日はレッド+呼吸法の実践クラスで、定員を超える予約が入っていたにもかかわらず、大雪(にはなっていないのだが)で体調を壊す人続出で、出席者が半分に。それはそれでちょっと番外編っぽく、楽しい時間でした。
そして、本日はヨーガ・スートラの日。
ついこないだ印哲喫茶で濃ゆい時間を過ごしたので、あっさりお茶漬け風味のシナリオを用意していたのですが、質問がどんどん出てきて、台本どおりには進まなかったのでした。本題からは離れてプルシャについて言及してしまったゆえと反省しております。が、今までこういった参加者からの疑問でクラスが展開していくことはなかったように思うので、参加者の成長ぶりがうれしかったとです。
ただ、その質問に対しての答えは「よう知らんわ」。
お釈迦様が「無記」と答えられたように、アートマンがほんとうに存在するかとか、死んだらどうなるかというようなことは、誰もわからないし、どっちでもいい。プルシャはある意味方便なのだと思います。少なくとも、このクラスにおいて明確にしておく必要はないと考えています。
とはいえ、疑問に思ったことは今後もためらわず質問してください。
さて、今日の本題は「離欲」に関するもの。ただこれは「物欲=いけないもの」というような単純なことではないと思っています。むしろ、どんどん買って買ったことすら忘れるくらいであれば、そこに執着は生まれないように思います。
2017年の記録を見たら、まさしくそのことについて書いていました。
あれこれ迷わないってことは、少なくとも執着がないってことだ。
物を買うこと自体よりも、それを後悔したり、罪悪感をもつことのほうが、心を波立たせているわけだから。
やるときゃやっちまえ!
そして忘れろ!
あはは、我ながら言いたい放題。
てなわけで、欲しかったら買え! 鉄瓶? どんどん買っちゃえ!
こんなに気に入っていたのに、あっけなくお別れよ。
今なお、書い直すかどうかときどき考えてる。ほんとうは薪ストーブの上に置きたかった。未練たらたら。執着たらたら。
